『八月の声を運ぶ男』は従来の戦争映画と何が違う? 被爆者の声を“聞き続けた男”の物語

「真実」と「フィクション」の境界にあるもの

本作の脚本を担当した池端俊策(NHK大河ドラマ『麒麟がくる』以来の脚本作品だ)は、この作品の原案となっている、実際に1000人以上の被爆者の声を録音した元・長崎放送記者・伊藤明彦の著書『未来からの遺言 ‐ ある被爆者体験の伝記』を手に取って、「これは物語の誕生の瞬間、いわゆる“フィクション”というものの誕生の瞬間を描いている」、さらには「フィクションの話に人はなぜ、感動するのか。根源的なことが書かれている」と語ったという(※)。そう、この作品は、「物語とは何か」「なぜ人は物語るのか」という現代にも通じる、普遍的なテーマを内包しているのだ。
そのテーマは、この作品の演出手法にも、大きく関係しているのだろう。光と影――すなわち、見えるものと見えないものの明確な描き分けはもとより、ガラス越しのシーンや、カーテン越しの描写など、よくよく見ると、実は徹頭徹尾、かなり技巧的な演出がその随所に施されているのだ。それが意味するものは、果たして何なのか。「虚実皮膜」――かつて近松門左衛門が、「芸の真実とは、虚(フィクション)と実(リアル)とのあいだに横たわるあわい(境目)のような、透けて見えるほど薄い膜にひそんでいる」と看破したように、“物語”は“現実”に肉薄すればするほど、その“強度”を増す。無論、それはある意味、危険なことではある。

本作の主人公・辻原は、ジャーナリストであるがゆえに、激しく葛藤する。ジャーナリストは、きっちりとした裏付けのもと、その“真実”を見極めなければならないのだから。彼は“作家”ではないのだ。けれども、実は被爆2世であったキャバレーのホステス・ミヤ子(石橋静河)との交流をきっかけに、彼はさらに思いをめぐらせるのだった。自分がやろうとしていることは何なのか。そして、九野が辻原に伝えたいことは何なのか? そして本作の最後、辻原は、彼なりの“答え”を見つけ出していくのだった。
ちなみに、本作の中で辻原が愛読している『今昔物語集5』(平凡社)は、平安時代末期に成立した作者不詳の説話集(芥川龍之介の『羅生門』や『鼻』のモチーフにもなっている)であり、とりわけこの巻には、鬼が登場する日本の怪異譚が多く収録されているという。実際に鬼がいたかどうかはともかく、古代の人々は鬼を登場させることによって、のちの人々に何を物語りたかったのだろうか。そして、それが今も読み継がれている理由は、どこにあるのだろうか。そのメッセージは、“真実”とは、また違う場所にあるのではないだろうか。

『八月の声を運ぶ男』――「記憶の継承」というジャーナリスティックな観点はもとより、それは誰のどんな思いのもとに語られた“言葉”なのか、それを受け取る私たちは、その“言葉”をどう受け止めればいいのだろうかという、言わば“ナラティブ”という観点からも、とても興味深い作品なのではないだろうか。“ノンフィクション”をもとにしたこの“フィクション”が打ち放つものは、思いのほか大きく、そして普遍的なものであるように思う。
参照
※ https://www.vipo.or.jp/interview/list/detail/?i=4236
■公開情報
『八月の声を運ぶ男』
8月21日(金)より全国のTOHOシネマズにて公開(一部劇場を除く)
出演:本木雅弘、石橋静河、伊東蒼、尾野真千子、田中哲司、阿部サダヲ
原案:伊藤明彦『未来からの遺言 – ある被爆者体験の伝記』
作:池端俊策
音楽:清水靖晃
監督:柴田岳志
製作・配給:WOWOW
上映時間:102分
公式サイト:https://www.wowow.co.jp/film/august/





















