『八月の声を運ぶ男』は従来の戦争映画と何が違う? 被爆者の声を“聞き続けた男”の物語

『八月の声を運ぶ男』従来の戦争映画との違い

 2025年8月に「戦後80年ドラマ」としてNHKで放送された『八月の声を運ぶ男』が、未公開シーンも含めた「映画版」として、8月21日より全国のTOHOシネマズにて劇場公開される(一部劇場を除く)。放送批評懇談会による2025年8月度ギャラクシー賞月間賞、第34回(令和7年度)橋田賞、第76回(令和7年度)芸術選奨放送部門文部科学大臣賞、第52回放送文化基金賞ドラマ部門「奨励賞」、さらには第63回ギャラクシー賞テレビ部門大賞に輝くなど、各方面で高い評価を獲得した本作。今回その「映画版」を観て改めて驚いたのは、正直なところ、放送時には完全に感じることができたとは言えないかもしれない、その繊細な演出と台詞、さらには音響面でのこだわりなのだった。なるほど、これは映画館という密閉された環境で、五感を研ぎ澄ませながら集中して味わうべき作品なのだろう。

 物語の舞台となるのは1970年代の日本――いわゆる「高度経済成長期」の真っ只中にあった頃の日本だ。多くの人々が、より良い“未来”を夢見ながら、前へ前へと走り続ける中、本木雅弘演じる長崎の放送局出身のジャーナリスト・辻原保は、その時代の流れに逆らうかのように、27年前の“戦争”――それを終結させた原爆投下の被害者たちの“声”を集めて回っていた。重さが10キロ以上もあるオープンリールという録音機を抱えながら、全国の被爆者たちを訪ね歩く辻原。「八月の声を伝えていく会」――名刺にはそう刻んでみたものの、放送局を辞め、今はキャバレーで働く、しがないアルバイターに過ぎない辻原に対して、彼/彼女たちの口は、一様に重い。そこには、さまざまな差別や偏見があるのだろう。「そんな話を集めて、どうするの? それを伝えて、どうするの?」。それは辻原自身が、常に自問自答し続けていることでもあった。

 そんな折、辻原は自分と同世代の被爆者・九野和平(阿部サダヲ)を紹介される。幼き頃に長崎で被爆し、15年以上にもわたる入院生活ののち、現在は生活保護を受けて暮らしている人物だ。彼の語る“物語”に感銘を受けた辻原は、やがて彼と親しく接するようになり、何度も彼の“声”を録音する。辻原が特に心を動かされたのは、彼を献身的に支えながらも若くして亡くなった、彼の姉(伊東蒼)の話だった。しかしあるとき、録音を聴き直していた辻原は気づくのだった。九野が姉の“名前”を、一度も口にしていなかったことに。彼女は一体何者なのか? 次々と湧き上がる疑問。どこか後ろめたさを感じながらも辻原は、九野の身辺を独自に調べ始めるのだった。

 「戦後80年ドラマ」として企画された本作のテーマは、言うまでもなく「記憶の継承」だ。当時を知る者が年々少なくなる中、私たちは過去の悲惨な出来事から何を学び、それをどのようにして次の世代に継承してゆくべきなのか。けれども本作が興味深いのは、そこからやがて別のテーマが浮かび上がってくることなのだった。

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