『さよならララ』の誕生秘話と知られざる演出意図 クリエイティブPが明かす作品への情熱

クリエイティブPが語る『さよならララ』

 オープニング映像でのセル画の一部使用やレトロな画作りで話題を呼んだオリジナルTVアニメ『さよならララ』。“本当の愛”を見つけるべく2026年の滋賀に蘇った人魚姫・ララと、彼女と出会った女子高生・大津茉里たちとの関係を繊細に、かつ古典と現代性のコントラストを独自のバランスで描き、多くの視聴者に評価されている。

 制作を手がけたのは、『メイドインアビス』や『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』などのキネマシトラス。同スタジオ15周年記念として生まれた本作は、キネマシトラスにとって記念碑的な作品となり、同時期に放送されたTVアニメの中でも独自の存在感を放っている。TVアニメの枠を大きく超えたクオリティや、過去作でも優れた演出力を示してきた小出卓史監督の手腕について、クリエイティブプロデューサー・森山菜月が裏側を語った。

セル画を蘇らせたOPアニメーション

OP映像で使用されたセル画

——『さよならララ』はTVアニメとは思えないほど繊細な画作りと、OP映像で使われているセル画が大きな話題になりました。今日は本作のクリエイティブプロデューサー・森山菜月さんに現物のセル画や絵コンテをお持ちいただき、表現の意図や本作の企画成立の経緯について、詳しくお話しいただこうと思います。

森山菜月(以下、森山):絶対にこの袋を電車に置き忘れてはいけない……! と思いながら持ってきました。

セルや原画、動画などを収納するカット袋

——貴重な資料をありがとうございます。このカット袋のタイトル名「BW」は何の略ですか?

森山:「琵琶湖」です(笑)。ララ(Lala)のイニシャルの「L」を使うと「レイアウト(LO)何々」とかと被ってしまうので「BW」にしようと、小出監督が考えました。カット袋は社外に出回るものですし、制作途中の打ち合わせの際にタイトル名を伏せたり、情報漏洩防止のためにこうした略称を使います。それと今日は持参していないのですが、本来はタップ穴を用いて複数のセルをぴったり重ねていきます。最近はデジタル環境で作業をするので持っている人も限られていますが。

——デジタルしか経験したことがない方も珍しくないですよね。

森山:昔からこの業界にいらっしゃる方はアナログを経験したことがあるアニメーターもいるんですが、最近の新人さんはもうデジタルしか学んでいない方がほとんどです。

ララのなびく髪がボディとは別のセルに描かれている

——OP映像の原画担当には名だたるアニメーターが多数参加していますが、どのような経緯で集まったのでしょうか?

森山:まず単純に、時間をかけて集めました。1年前から声をかけたり、まだコンテが上がっていない段階から声をかけたりしていました。ただ、著名な方が多数集まってはいるんですが、アニメーターがたくさん参加していると「スケジュールがなかったのかな?」と思われたりするんですね。ですから「1人1カットはやめようか」と考えたときもあったんですが、「でもセルも使うことにしたし、いいんじゃない? せっかくだからどんどん集めようよ」と。チームプロデューサーの石川祥気くんが頑張ってコツコツと声をかけてくれてました。パイロットフィルムも公開済みだったので、それを観て存在を知ってくれていた方もいてうまくスタッフが集まりました。

茉里が振り向くカットに使用されたセル画。A1が動作の始まり、A10が終点にあたる

——スタッフィングやセルの使用などに大きなコストがかさんだのではないかと思いますが、どのようにクリアしていったのでしょうか?

森山:資金回りについては、セルを使うからどうこうといったことは考えていませんでした。予算を決めた当初はセルを使う予定もなかったので。ただOP映像は作品の顔になるので、ここで何か特殊なことをやりたいとは小出監督も考えていたと思うんです。そこで「セルを使ってみるのはどうか」と提案が出て、小出さん自身も含めて誰もやったことがないなかで、何をどうしたらいいのか考えるところからスタートしました。とにかくいろいろな人に話を聞いて、そもそも何が必要なんだろうと。まず撮影台が必要で、色を塗る人がいて、その絵の具が必要で、そもそもそれをできる人がまだいるのか、絵の具はあるのか、撮影台はあるのかと一つひとつ課題を潰していきました。

——現在公開されているメイキング映像では、撮影の様子が詳しく紹介されていますね。

『さよならララ』ができるまで ―Behind the Scenes― OP制作編

森山:一番難しかったのはやはり撮影台ですね。本当にもうどこにも現存していなくて、あるにしても展示されているだけで実際には使えない状態でした。どこかに誰かが寄贈したらしいとか、どこかの大学のアニメ科にあるらしいとか、噂を頼りに追っていったらスタジオトゥインクルさんに辿り着きました。その撮影台もすぐに使える状態ではなかったんですが、カメラを直したら一部制限はかかるけれども使えるかもしれないということで実現しました。ただ、当時と今とではそもそも円の相場も違っていたり、TVアニメの予算感も変わってきているので、いまセルを使うとなるといくらかかるのかは正直想像がつかない状態でした。本来は最初に予算を見積もってから進めるべきなんですけれど、そうする時間もなかったので「もしかしたら予算をオーバーするかもしれない」と曽根孝治社長に伝えたら「はっきり“いいです”とは言えませんが、意味があることをやっているわけだし、過剰にオーバーしないのであれば承諾します」とおっしゃっていただき、落としどころを探りながら進めていきました。正直結果的には予算はオーバーしてしまいましたが、それは単にお金がものすごくかかったというよりは、絵の具がいくらするのかとか、アニメーターさんの絵をセルにカーボンコピーするにはどれくらいかかるのかとか、現像はいくらか、その現像テストは何回必要なのか、すべて探りながら進めた結果、少しずつ計画が変わっていってしまいました。でも、実際にやってみてすごく関心を持ってくれる方が多いとわかりましたし、私自身も作業風景を見たり、セル画の技術を持っている方々と話したりするなかで、これでなくなるのはあまりにももったいないと感じたので、どうにかして引き継がれてほしいなと思います。

繊細なレイアウトとキャラクターの「演技」

第2話絵コンテ

——OP映像が公開されたのは第2話ですが、それに加えてこの回は内容の完成度からしても大きな反響を呼んだのを覚えています。個人的にもララと茉里が雨宿りをするシーンがすごく印象に残っているのですが、あのレイアウトに至った経緯について教えてください。

森山:第2話の終盤については脚本の段階から、長尺で、同じ位置にカメラが置いてあり、2人が静かに芝居をし、静かな劇伴が自然の音と混ざりながら長い時間が流れていて……というイメージが監督の中にあったようです。シリーズ構成の川原杏奈さんもその話を聞きながら脚本を書いていきました。小出さんは実写映画もたくさん観る人なので、いわゆる「アニメ」らしくない構図の生々しさや実在する感じを狙って、あのシーンはすごく大事に作っていたと記憶しています。それとこれはたまたまなんですが、大津港にロケハンに行ったときに雨が降ってきて、小出監督と川原さんと私がそこに避難することになり周辺の写真を撮ることができたんです。絵コンテでもそのときの写真が使われていると思います。真ん中の青い柱が、いい感じにララと茉里を隔てる境界線のように使用できて、それを茉里が踏み越えてララのところに近づいていくように見えますよね。画面の奥のほうで動いているものが設置できたり、もともと長回しで作ろうと思っていたのに加えて、ロケハンで得られた情報が足されていって、結果的にすごく良いシーンになりました。

第2話絵コンテ

——茉里がココア缶をララに投げ渡すとき、聞こえるか聞こえないかくらいの音量で「ん」と言っているのがすごく好きです。

森山:よく観てますね(笑)。失礼ながらめっちゃオタクな見方をしているのでうれしいです。

——この雨宿りのシーンは何回観ても面白いです。

森山:ミュージックビデオ的でもありますからね。途中からピアノの劇伴が入ってきますが、劇伴担当のyuma yamaguchiさんが最初にくださったものはもう少し音数が多めだったんです。でも小出監督がこのシーンの意図を細かく話して「もっと静かに、もっと静かに」とオーダーして今の形に至りました。

——茉里のセリフの音量だったり、自販機を使うときも少し遠くから聞こえるような音の位置になっていたり、音響的な工夫がすごく細かくて立体的だなと感じていました。

森山:あの段階ではララと茉里の仲が深まっていないですし、しかも直前に「お前何やっとんねん」と少し喧嘩していて、大雨が降ってきたからとりあえず急いで中に入るかたちで連れてきた場面ですよね。「あったかいココアだよ。お飲み」と渡すような関係性ではないし、かといってずぶ濡れの女の子を放っておくほど茉里は冷たくないし……、という距離感が表れた結果だと思います。だから茉里にとっては少し恥ずかしくもあり、投げて渡すけど、ララはそれを「キャッチ」するということを海の中で経験したことがなく、そもそもその中に液体が入っているどころか、茉里が何を持ってきたのか、彼女がいま何をしようとしてるのかもわからないから、反応できなくて落としてしまう。そこで茉里は缶を拾ってあげて、飲み方を教えてあげる……。ララたちの状況と関係を考えたら自然とこうなるのではないかなと思います。

——まさにいまおっしゃっていたようなことがキャラクターの「演技」で表現されていたシーンだと思います。

森山:キャラクターのことをよくわかっている、「原作者」である私たちだからこそ作れるシーンでもあるし、ここを長尺にして、窓の後ろで車が走っている音が微かに聞こえたり、画面の外に茉里が一度はけたり、自販機の音が画面の外側からするとか、演出がすごく効いているシーンだと思います。なによりレイアウトがうまくキマっていないとあんなに長い秒数はもたないので、小出さんのレイアウト能力はもちろん、担当してくださったアニメーターさんの力があったからこそ成立した場面です。

——小出監督は絵コンテが綺麗だという話を、スタッフさんのインタビューやスペースで伺いました。

森山:綺麗ですね。本人は第2話は文字が雑だから恥ずかしいと言っていたのですが、全然そんなこともないと思います。

第2話絵コンテ。現地の写真が使われている

——雨を作画で描くというのもこの段階で決まっていたんですか?

森山:はい。雨を作画で描くのは本当に大変で、なんて発注をしたんだと(笑)。

実在する場所への綿密なリサーチ

——第2話の雨宿りシーンのようにロケハンでたまたま見つかった風景を活かすというのは、たしかに実写映画らしい発想かもしれませんね。

森山:逆にいうと、アニメは描こうと思ったものは何でも描けるんですが、思いついていないものは存在しないわけです。たとえば第5話で登場したケーキ屋・アンデケンもそうですが、実際の場所を見に行ったからこそ描けたものがたくさんあります。店長さんが釣り好きだから棚の中にルアーが並んでいるとか、裏口のそばでメダカが飼われているとか、こういうディテールはもちろん頭の中で考えて描くこともできますが、自然と思いつくのは意外と難しく、実在する舞台だからこそ導入できたアイデアはたくさんありました。

——他のエピソードではどんなものがありますか?

森山:第7話のびわ湖テラスもそうです。実際行った日が天候が悪く少し霧がかっていたのですが、霧がかかるということもその場で知ったことなので、作中のララの気持ちと風景をリンクさせて、第7話のうちはまだ霧がかっているけど、第9話では晴れた風景が映されるとか、そういうアイデアが使われていました。あとは、演出さんには申し訳ないのですが1人で現場に行ってもらうこともあって。第9話で、ララとルカ(とレオくん)のデートで登場したブルーメの丘も演出の辻彩夏さんが実際に訪れた場所の一つで、辻さんから監督に「この場所を入れるのはアリですか」と提案した結果描かれたものです。滋賀はギリギリ日帰りで行ける距離ということもあり、『さよならララ』はTVアニメの中ではロケハンが多めな作品だったと思います。行けば行くほど作品がよくなるというわけでもないですが、本作では人魚姫というファンタジックなキャラが、現実っぽさが強い画面の中に出てくることでおもしろいバランスが出来上がったと感じています。

——綿密なリサーチが『さよならララ』のリアリティを支えているんですね。

森山:「こういうものにしよう」というイメージが監督の中にずっとあったのだと思います。監督としては作りたかったものが最終的に実現したという感じだと思いますが、私たちは打ち合わせなどを何度も重ねたり、画面になってから「これがやりたかったんだ」と少しずつ理解していく。完成映像は結果的にララや茉里たちにとってすごく重要なシーンになったので、監督を信じてきてよかったなと思っています。なぜだかわからないけど、企画の段階から監督のラフ画としてすでに絵になっていたシーンがたくさんあるんです。逆に「このシーンは監督がずっと描いているので必要なシーンなんじゃないですか?」といった提案が脚本会議で挙がって採用される場面もありました。監督の立場ってすごく難しくて、監督が「これがいい」といったら大抵はみんなそれに同意するんです。特にすでに絵になっているとそれ以外のアイデアを出すのが難しく、最初に思い描いていたものが使われる前提で話が進みそれ以上広がらないことがあるので、すごく気を遣いながら話し合っていたと思います。

——脚本会議には脚本担当以外にもいろいろな作業工程の方が参加されていたんですよね。

森山:はい。脚本会議は基本的にはライターチームと監督と現場のプロデューサー陣で行っていますが、決定稿に近い段階になったところで演出の方にも参加していただき、会議を聞いてもらいながら場合によっては意見を伺っていました。みなさん意欲的に参加してくれたおかげで、キャラクターがどういう意図でそのセリフを発したのかとか、最後まで試行錯誤していた大事な部分はどこなのかなどを知ったうえで演出さんに絵コンテを書いていただけました。ただ、脚本会議は1回5時間とかかかることも平気であって、5時間あったら何カットチェックできますかという話なので、本当に無理はしないけどできれば参加してほしいと相談した結果、みなさん快く参加していただけました。

——演出担当の方が脚本会議に参加するのは普通は珍しいことですよね?

森山:基本的にはありえないと思います。そもそも脚本を作るのは演出の仕事ではないですし、今まで脚本を練ってきたところに突然外部の人が意見を出すと、それまでの議論をひっくり返すことにもなりかねない。脚本に意見を出して演出さんが責任を持てるわけでもありませんし、本当に特殊な場合でないと演出が脚本会議にも参加するというのはありえないのですが、小出監督の力量と、演出のみなさんの作品への理解があったからこそできたことだと思います。

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