『風、薫る』は“看護婦”だけの物語ではなかった 今井、黒川ら医師たちが残したもの

『風、薫る』を支えた医師たち

 NHK連続テレビ小説『風、薫る』最終週のタイトルは「道標(みちしるべ)」。りん(見上愛)と直美(上坂樹里)が道なき道を切り拓き、現場で経験した学びと実態、そして看護とは何かを次の世代に伝えるための方法を模索する。

 最終週の予告で久しぶりに姿が映し出されたのが、帝都医大病院の外科教授・今井(古川雄大)だ。初登場時は颯爽と病院の廊下を歩き、決して表情を崩さないクールな姿が印象に残っているが、要所では看護婦として苦悩するりんたちを慮る言葉をかけていた。

 看護婦取締になったりんは重病患者の山本(本田大輔)の願いを叶えるために、今井に黙って花火大会へと連れ出す。その後、山本の容体が急変して帰らぬ人となってしまったとき、今井はりんに「君は医者の判断よりも患者の気持ちに従った。医療に携わるものとして失格だ。命を助けることを何よりも優先せねばならない」と指摘する一方で、「だが、もし私が患者なら命より重んじるものがあるという考えは否定しない」と付け加える。帝都医大病院を辞めるりんに対しても、今井は「今回の判断は医療者として正しいと私は思う。患者と向き合えぬものは去るべきだ。しかし、ともに働いてきたものとしては寂しいものだなと」と人間味の溢れた惜別の言葉を口にしていた。医療に携わる人間としてりんと直美に厳しく接することはあったが、心の内では2人の患者に対する姿勢を尊重していたように思う。

 りんと直美が歩んできた道のりには、今井のようにこの時代の医療の世界に横たわる厳しい現実をありのままに教えてくれた医師たちがいた。それは2人が帝都医大病院を辞めたあとも変わらない。

 特に印象的な活躍を見せたのが、りんが女学校の寮の舎監として勤務するために新潟へと旅立った際に、彼女が看護婦に戻るきっかけを作った黒川(平埜生成)。帝都医大病院では外科の助手として、澄ました表情でりんたちの看護を見守っていたが、病院内で看護婦を養成することが決まった際は、教壇に立って看病婦からただひとり講義に参加していたツヤ(東野絢香)を気遣っていた姿も記憶に新しい。

 病院で働く父親の跡を継ぐために新潟に戻ってきた黒川は、看護婦として働いていたりんの経験と医療に向き合う姿勢を買い、自ら彼女のもとを訪れて直談判する。医師として誠実に働いてきた黒川がどのような志を胸に帰郷したのか。第16週から始まった「新潟編」を通して、彼の目指すべき医療の理想と胸に秘める覚悟が伝わってきた。

 一方、東京で直美が実の母親である文(内田慈)の看護に苦悩していたとき、温かい言葉をかけたのが藤田(坂口涼太郎)だった。帝都医大病院では今井の下で助教授を務めており、看護師見習いとして勤務し始めたりんたちに対しては、妙に上から目線の言葉が多かった。しかし、したたかな直美にはうまく掌で転がされており、彼女に好意を抱いていることも見え見えだった分、どこか憎めないキャラクターとして映し出されている。

 その後、文が末期の胃がんであると診断したのは藤田だった。実の母親である文が苦しんでいる姿を目の当たりにして、思い悩む直美に対して「医者は治療法のない人にできることはほとんどない。痛み止めの薬を与えるくらいで。でも、治らない患者にも病院に来られない患者にも日々看護は必要だから。がんばって」とエールを送る。普段はキザな態度が目立つ藤田が本心から伝えた飾らない言葉は、直美の胸に響くものがあったはずだ。

 ほかにも内科に勤務する木村(前野朋哉)は看護婦たちにも比較的優しく接する温和な性格で、派出看護を始めたりんと直美にも依頼を持ちかける。多種多様な医師たちが2人に影響を与えると同時に、彼ら自身も、2人の患者への向き合い方や心に寄り添う看護に感化され、看護婦に対する認識を次第に変化させていく姿も印象深い。

 りんと直美が看護婦として成長していく姿を見届けた医師たちの目を通して、あらためて本作が明治時代の医療の現場を映し出し、看護という職業が確立されていくさまを描いたドラマであることを実感する。次のステップに進みつつあるりんと直美に、果たして今井はどのような言葉を投げかけるのだろうか。

■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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