『風、薫る』直美と柳生の衝突が問う“医療の未来” “線引き”される個人の怒りと国家の責任

「私、やっぱりどうしても柳生さんが分かりません」
「分からなくていい。君と私は、何もかもが違うのだ」
最終週「道標」の幕開けとなる『風、薫る』第126回。直美(上坂樹里)と柳生(中村倫也)は、医療や制度が何を守るべきかをめぐって対立した。

綺麗事だけでは、国を動かせない。それでも綺麗事を手放せば、何のための医療なのかを見失う。2人の衝突から浮かび上がったのは、簡単には答えの出ない問いだった。
看護婦試験まであと1カ月。特別講師の今井(古川雄大)から、蒸気を使った新しい消毒法を教わったツヤ(東野絢香)は、試験には出ない範囲にまで質問を重ねた。「試験までに分からないことをなくしておきたくて」と話す彼女に、今井は感心する。
一方、トメ(原嶋凛)の授業では、有効な治療薬のない労咳がうつることを恐れた生徒が、「万が一にもうつらないという方法はないんでしょうか」「自分の命を懸けてまでは、とても……」と本音を漏らす。トメはその恐怖を否定せず、「それでいいんです」と受け止めた。怖いから慎重になり、清潔に気を配る。正しく怖がることは、自分と患者を守ることにもつながるからだ。
どこまでも学びたいツヤも、命までは懸けられない生徒も、看護婦を目指していい。直美も、自己犠牲の精神がなくても、女性が働ける職業の一つとして広まらなければ、看護婦は増えないと語った。生活のためでも、強い志があってもいい。看護婦に求められるのは、命を懸ける覚悟ではなく、患者と自分を守るための知識と技術なのだろう。

しかし、それらを学ぶ道は、すべての女性に開かれていたわけではない。看護婦規則では、学科・実地試験に合格するか、2年以上の勤務経験を医師に証明されることで免許を得られる。だが、ツヤは帝都医大で働いた経験がありながら、証明書を出してもらえず、年齢制限によって既存の養成所にも入れなかった。
貧しく、読み書きを学ぶ機会がなかった人や、養成所へ通う金のない人、年齢制限を超えた人は、どこで試験に必要な知識を身につければいいのか。制度上の道があっても、学ぶ手段がなければ、看護婦はより多くの女性が目指せる職業にはならない。
だから、りん(見上愛)と直美は自分たちで養成所を開いた。基準を下げるのではなく、基準へたどり着く機会を持てなかった女性に、新たな道を作ったのだ。ただし、2人の力だけで救える人数には限界がある。看護婦を日本に根付かせるには、国にも仕組みを考えてもらわなければならない。

そこで直美は、役人である柳生をツヤの実習へ連れていく。酒をやめられず、満足な食事も取っていない平蔵(太田光)に、ツヤは「今度、一緒にご飯を作りましょう」と寄り添った。その姿を見た柳生も、ツヤにしかるべき知識と技術があることを認める。
「柳生さんが引いた線の外側、“多少”の中には、彼女のような人もいると知ってほしかった」
直美が求めたのは、ツヤだけを特別に認めることではない。経験も技術も志もありながら、制度からこぼれ落ちてしまう人がいることをただ知ってほしかったのだ。
新潟で「赤痢を持ち込んだ」と決めつけられ、避病院で差別を受けた柳生自身も、こぼれ落ちる側の痛みを知っている。そんな彼を救ったのが直美たちだった。退院の日、「俺は運がよかったな」と語った柳生の頭にあったのは、チフスにかかって亡くなった妻のことだったのではないか。

清潔な水さえあれば助かった妻を「無駄な死」と表現した柳生。その表情に浮かんでいたのは、妻の命を軽んじる冷たさではなく、本来なら防げた死を防げなかったことへの怒りと悔恨だった。自分は直美たちと出会い、「運よく」助かった。だが、妻はその運に恵まれなかった。だから柳生は、生死が運に左右される社会を、制度によって変えようとしているのだろう。
ただ、個人の悲しみや理想だけでは政府を動かせないことも、役人である柳生は知っている。柳生は自分が働くのは国を強くするためだと語り、伝染病や脚気によって、戦わずして兵力を失うような国が強くなれるはずがないと言い切った。富国強兵を大義名分に、人々を救う近代医療の発展が国策として推し進められていく。そこに明治という時代の複雑さがある。
だが、日清戦争で夫・吾郎(甲斐翔真)を脚気により亡くした直美にとって、その言葉は聞き捨てならない。妻の「防げたはずの死」を悔やむ柳生が、軍人一人ひとりの命を「兵力」として語る。「人でなし」という直美の言葉には、夫の命を数字に置き換えられた怒りがにじんでいた。
誰も取りこぼさない直美たちに救われた柳生が、今度は制度を作る側から、線の外側にいる人を「多少の犠牲」として受け入れる。柳生の考えを間違っているとは言い切れない。すべてを救おうとして何も変えられないより、国を動かし、大勢を救う仕組みを作る。それが、役人として柳生が選んだ正しさなのだ。
一方、直美は、その「多少」にも一人ひとりの人生があることを知っている。養成所を開き、ツヤを育て、柳生に現場を見せることで、こぼれた人のための道を作ろうとする。
国を動かす大きな現実を見る柳生と、制度の外側にいる一人ひとりの現実を見る直美。「何もかもが違う」2人のどちらが欠けても、医療の未来は作れない。制度を前へ進めながら、そこからこぼれた人を見過ごさない。その両方を手放さないことが、次の世代へ残すべき「道標」なのかもしれない。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK















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