28年ぶり連ドラ復活の『GTO』が大反響 Z世代も感じる“エモさ”と消えた平成の学校文化

28年ぶり連ドラ復活『GTO』をZ世代はどう観た

 「3世代をもう一度テレビの前に座らせたい」。反町隆史の熱い言葉を聞いた時、28年ぶりに連続ドラマとして帰ってくる『GTO』(カンテレ・フジテレビ系)が、今のテレビ界を変えてくれる作品になるかもしれないと思った。

 というのも、近年テレビを見なくなった人があまりにも多すぎる。Z世代であるわたしの周囲は、その傾向がとくに顕著で、引越しをする際に「テレビは持って行かなくていいかな」という人もいるくらい。そういった言葉を聞くたび、生粋のテレビっ子のわたしは切ない気持ちになってしまうのだ。

 だからこそ、反町の「もう一度、テレビの力を見せたい」という想いに、強く心を動かされた。テレビだからこそ生まれるムーヴメントは、確実にある。それを『GTO』ならもう一度証明してくれるのではないか。そんな期待を抱かずにはいられなかった。

リアタイ視聴していない世代でも“エモい”『GTO』

 期待値が爆あがりのなか、スタートした『GTO』第1話。

 まず驚いたのは、その反響の大きさだった。普段は、テレビの話なんてほとんどしてこない友人が、「『GTO』やるんでしょ? 観てみようかな」と言ってきたり、放送後にSNSを開けば、「エモすぎる」などと、かつての同級生たちが『GTO』の感想をアップしていたり。ちなみにわたしは、28年前の『GTO』はリアルタイムで視聴していない世代。それなのに、だ。この時点で、反町隆史が掲げた「3世代をもう一度テレビの前に座らせたい」という願いは、一歩現実になっているような気がした。

 肝心の内容もよかった。第1話では、間接的にではあるが、新型コロナウイルスについての問題が描かれていた。スポットが当たったのは、自身が新型コロナウイルスを感染させてしまったせいで、母親を亡くし、引きこもりになってしまった健太(森本陸斗)。鬼塚(反町隆史)が言うように、悪いのはコロナであり、健太ではない。それでも、罪悪感を抱いてしまう気持ちは分かる。これはまさに前作の『GTO』では起こりうるはずもない、令和ならではのテーマだ。

 『GTO』を観ていると、“優しさ”について考えさせられる。なんでもかんでも、「いいよ、いいよ」と言ってあげることが優しさ? いや、そうじゃない。鬼塚は、生徒と本気で向き合っているからこそ、本気で叱ることもある。悲しい時には一緒に泣いて、嬉しい時には本人よりも大喜びしていたりする。

 また、鬼塚は、生やさしい励ましの言葉をかけたりしないところもいい。思い悩んでいる健太に対して、「そんなの、気にすることないよ」と優しくしてあげるのは簡単だ。しかし、鬼塚は「お前を許してやれるのは、お前しかいないんだよ」と声をかける。この台詞を聞いた時、「やっぱり、鬼塚のマインドは変わっていないんだな」と思って嬉しくなった。

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