『風、薫る』“文”内田慈と直美の関係は最初から描かれていた? 巧みに張られた伏線を考察

客に無理心中させられて入院してきた夕凪を遊郭から助けたいと、りんが瑞穂屋の卯三郎(坂東彌十郎)にお願いに来たときの文の表情。これはいま思うと、自分の過去を思い出していたように感じる。とりわけ「助けたいんです!」とりんが叫んだときのかすかな表情の動きが印象的だ。もともと、文は瑞穂屋でリアクション要員として、りんと卯三郎の会話のそこここに映ってきたのだが、第51回の「助けたいんです!」のあとの文の表情は伏線だったと言っていいのではないだろうか。
このとき手代の松原(小倉史也)が夕凪に興味津々であることで、視聴者は文に関心がいかないようになっているが、着々と第16、17週への布石が打たれていたのだろう。

りんが瑞穂屋で働き始めたときは、文は内田慈の的確なリアクション芝居で状況をわかりやすくする役割を果たしていた。それが少し変わるのが第13週・第12回だ。文は「訳ありの女はよく働くと」と卯三郎に言っている。それを受けて卯三郎は「人が何ものであるかは名前や肩書より、その立ち居振る舞い、生き方に滲み出るものですよ。文さんは美しいですよ」と返す。ここでは文がどうやら「訳あり」らしいことを示唆している。ただ、ここでの文のリアクションは、意味深ではなく、ふーんという軽めなものになっているので、そこまで深刻な「訳あり」とは視聴者は気づかないだろう。このあたり、どこまで狙ったうえで撮っていたかわからないが、いま思うと巧くできている。
柳川文はミステリーにおける「最も疑わしくない人物=実は真犯人」といったところであろう。ミステリーの古典的ルールにある「犯人は物語のはじめのほうに登場していなければならない」かつ「その心の動きが読者に読みとれない人物であること」という条件に合っている。最初は優秀なリアクション要員のようだった文が徐々に物語の中心にくるように変化していく。

『風、薫る』はミステリーとはまったく関係ないドラマではあるが、構造はミステリーのようなところがある。つまり、エンターテインメントに共通する心がけなのだろう。
そういえば、現実では医療従事者に関するミステリーのような想像を絶する事件が起きた。看護師が患者を驚くべき方法で殺害した、まさに「事実は小説より奇なり」な事件のニュースを見ながら、筆者は改めて医療従事者は患者の生死と最も近いところにあり倫理や責任の重い仕事だと感じた。自分がお世話になるかもしれないことだから、他人事ではない。看護師のドラマである『風、薫る』も医療従事者にどう向き合っていくか、作り手もより一層襟を正して取り組んでいただきたい。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK




















