『風、薫る』事実の“改変”はどこまで許される? 朝ドラの構造と重なる“皮肉な展開”に

物語としては、お嬢様のふたりが主人公よりも、差異があるほうがいい。ひとりは士族出身のお嬢様でひとりは恵まれない境遇の人物のほうが世界観が広がるし、たくさんの視聴者の共感を得やすいだろう。ただ、こういうとき、まったくオリジナルの登場人物にするわけにはいかないものなのだろうか。原案にあるエピソードはいくつか使用したいと思うが、まったくのオリジナルにしたら逆に不誠実ということだろうか。
『あんぱん』はやなせたかしとその妻、『ばけばけ』は小泉八雲とその妻をモデルにして大胆に再構成した朝ドラだった。人物の名前は変えていたが、彼らが作った作品名は実際のまま。同番組の制作統括に聞くと、作品名は変えられないのだという。違う名前で少し違う生き方をしている人物が、私たちの知る『アンパンマン』や『怪談』を書くのだ。筆者はそれがいつも気になってしまう。『アンパンマン』も『怪談』も、ほんの少しでも違う道筋を生きた人には生み出せないと筆者は思う。
ほんの少しの経験の違いで、道は変わる。名前の違う、人生の違う人からはたぶん、パラレルな『アンパンマン』や『怪談』になる。アンパンがクリームパンになったり、怪談のニュアンスもきっと変わるだろう。それだけ作品とは繊細で深く重く、作家そのものだから。この考えはたぶん、作家・シマケンが本当にいたらわかってくれるはずだ。

結果ありきで、どんな道筋を通っても結果は同じというものではない。訴えたいこと、テーマのために、その人の人生を変えてしまうのはいいものだろうか。いや、アレンジしても、原案や資料などにアクセスするきっかけにはなっている。それを正当な理由にしているところはある気がする。
明治の新聞記事(ジャーナリズム)とはどういうものなのだろうと思って『幕末明治 新聞ことはじめ ジャーナリズムをつくった人びと』(奥武則著、朝日選書)という本を読んでみたりもした。新聞のことも、看護や廃娼運動と同じく、奥深い。日本の新聞の原型は江戸のかわら版にはじまり、日刊形式の新聞は明治時代に生まれた。最初はお金のある知的階級用の「大新聞」と大衆用の「小新聞」があり、後者には小説なども入っていた。やがて小新聞のほうが支持されて大と小の境はなくなっていく。大衆に、若者に、子どもに、読んでほしくて親しみやすさを加味する手法は昔からあったそうで、綿貫のようなやり方で、ずっとやってきて、令和のいまもそういうやり方が週刊誌やWEBメディアで当たり前に行われている。そういう現実があることを理解したうえで、それでいいのか、なぜそうなのかともやもやする。だから、シマケンが事実に創作を加えることに疑問を感じているところは好ましかった。

結果的にはシマケンの創作が加味された記事によって病院の評判も上がった。トレインドナースは役に立つ。そう考えた院長(筒井道隆)たちは、わざわざよその学校の生徒を研修に呼ばず、自分たちで看護婦の養成をはじめることを考え始める。第一期生が優秀だったら第二期生も、という話だったのに。
せっかく、りんも直美も2年間の学びのなかで、自分たちなりの「看護」とはどういうものか見つけてきたというのに。それこそ病院の裏側をシマケンは記事にして世の中に訴えてみたらいいのではないだろうか。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK






















