日本人はなぜ“心中もの”を好むのか? 『風、薫る』で問われる“ゴシップ性”の是非

日本人はなぜ“心中もの”を好むのか?

 明治の女性たちの自立と社会進出を描くNHK連続テレビ小説『風、薫る』。りん(見上愛)と直美(上坂樹里)が看護師として頑張り続けても、根強い社会の固定観念や偏見は容易には変わらない。第10週「疾風に勁草(けいそう)を」で起こった女郎の夕凪(村上穂乃佳)と青年の心中事件は、第11週「凪(なぎ)にそよぐ」で新聞記事になって世間の波紋を呼び、夕凪を救おうとしていたりんと直美の運命にも影響を与える。「心中」が日本では昔から、そして今もなおゴシップになりがちだからだ。

 病院に運び込まれるひと組みの男女。青年がていねいに担架で運ばれているのに、女性は布団にくるまれた姿のままで、病室でも青年はベッドに寝かされているのに、女性は床に置かれたまま放っておかれている。病室に入ったりんと直美が女性に近づこうとすると、担当医の木村(前野朋哉)が「女郎は後だ」と言い放つ。

 平等ではないどころか女性が人として扱われていない雰囲気すら感じられるシーン。第49話で繰り広げられたやりとりは、夕凪という名前だった女性が女郎で、意識を取り戻して「どうして助けたのよ」と言ったことも含めて、明治時代の女性を下に見がちな社会通念であり、女性が身を売って働かざるを得なくなる社会の構造といったものを見せつけてくる。

 第11週では、廃娼運動というその後も長く続く運動についても触れられるが、一方で「心中事件」が記事になって取り上げられ、世の中が騒ぎたてる中でりんや直美の所属する梅岡看護婦養成所の閉鎖といった展開にも繋がっていく。明治期の社会通念が厄介な形で関わってくるのだろう。

江戸時代から続く心中ものの歴史

 ここで気になるのが、新聞記事にまでなってしまう心中事件のバリューだ。女性だけが生き残ってしまったことや、廃娼運動といった構造改革への反発があったことも庶民の関心を上乗せしてしまった可能性はありそうだが、やはり日本では、江戸時代から「心中」というもの自体に何か特殊な思いを抱いているところがあるのかもしれない。

 何しろ「心中」は、日本の演劇史に残る作品をいくつも生み出しているテーマだ。2025年に大ヒットした映画『国宝』の中で演じられた「曽根崎心中」がその代表例。近松門左衛門が人形浄瑠璃のために書いた作品で、歌舞伎の演目にもなって現代に伝わっている。

 大店の手代の徳兵衛と遊女のお初が現世では添い遂げられそうもないことに絶望し、心中を選ぶ「曽根崎心中」の物語は、1703年4月7日に起こった実際の事件が元になっている。小野幸恵の『週刊誌記者 近松門左衛門 最新現代語で読む「曽根崎心中」「女殺油地獄」』(文春新書)によれば、「この曽根崎の心中事件は、八日後の四月十五日、歌舞伎で初演され、ひと月後の五月七日には近松の新作として人形浄瑠璃として初演された」ものだという。

 何というスピード感。それだけ庶民が、心中という出来事に強い興味を示していたということだろう。

 田中優子『遊郭と日本人』(講談社現代新書)によれば、「この心中事件は『恋の手本』と言われました。それは、2人とも現実世界での有利な条件をすべて蹴って、恋を貫くからです」とのこと。商業が盛んになって、「時代がお金を中心に動き始め、人間としての意志までもがお金によって動かされることに、苦しみを感じていた」ところに起こった純愛に、庶民が憧れを抱いたところもあったのだろう。

 『日本古典文学体系 近松浄瑠璃集 上』(岩波書店)に挟み込まれた月報で、映画評論家の津村秀夫は、近松の心中を扱った浄瑠璃が話題になった背景を、「徳川の封建治下、その思想と道徳に縛られ、切りさいなまれて情死に人生の歓喜を求めて行く日本の男女に、当時の庶民は憧憬をおぼえ、美を感じて酔ったのであろうかと空想」したと書いている。いとうせいこう翻訳による「曽根崎心中」が収録されている『日本文学全集 10』(河出書房新社)の月報では、エッセイストの酒井順子が実際に起こった事件を背景にしているところに、「女は好きな男と共に死ぬ気分を想像することができたのではないか」と指摘している。

 苛烈な現実からの逃避が夢見られていたところに、心中の物語がハマったともいえそうなシチュエーション。ただし、その時点では女性を下に見るような雰囲気はあまり漂っていない。むしろ「可哀想な女の話」という意識が強かったようで、「罪も無いのに心中することになった女の『哀れ』は、特別に恵まれているわけでもない市井の女性達に、『お初、可哀想』と思わせることによって自らの幸福を再確認させたのです」と酒井は書いている。

 そうした時代に「心中もの」が流行ったことと、『風、薫る』の中で心中が話題になることの間に、明治維新という大変革の中で逆に強まった男尊女卑の影響からくる違いがある点は絶対に外せない。だからこそ、明治の時代に看護師となって頑張るりんと直美の物語がドラマになるのだ。飛び込んできた心中によってもたらされた騒動の行方も含めて、何かが変わっていくのか、それは現在にもしっかりと伝わっているのかを見極めたい。

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