『風、薫る』はなぜ主人公を2人にしたのか 視聴者も巻き込まれる明治の変革期

一番の試行錯誤はダブル主人公体制だろう。朝ドラでは意外と少ないダブル主人公。主人公と対比させるために境遇の違う友人や姉妹は登場するが、あくまで主人公はひとりであった。するとどうしても主人公ではない側が不幸になりがちなのだ。これまでどれだけの主人公の友人や姉妹が不幸に見舞われてきたことか。そんな状況を打破するために今回はふたりの主人公にすることでりんと直美は同等になる。

りんは元家老の父の生真面目さを受けて、正しい行いを心がけている。だが発展途上で間違えてばかり。何が正しいか見極めて行動しようとしている。一方、直美は「正しいことが嫌い」。それは第2話の、スリをするなら金持ちから盗めという考え方に代表される、極端にいえば、ドストエフスキーの『罪と罰』のラスコリニコフのような考えの人物である。極論なので直美はラスコリニコフのように殺人は犯さないと思う。朝ドラなんで。『罪と罰』的にいえば純粋なソーニャがりんだが、『風、薫る』ではラスコリニコフの闇とソーニャの光が完全に同等であるということである(『罪と罰』の内容を読者がなんとなくは知っている前提で書いています)。
まあ、朝ドラなんで、最終的にどっちも純粋な光になる、なんなら光が2倍になると思うのだが。それでも、これまで主人公が善人過ぎるとか、主人公が自分勝手過ぎるとか何かと言われて好き嫌いで分断されてしまうことが多かったなか、りんと直美がふたつの可能性を提示することでバランスがとれるだろう。番宣番組で、りんと直美はどちらがか光でどちらかが影というわけではなく入れ替わっていくと語られていた。
しかも、主人公のなりかたも2つのパターンである。見上愛はオファーで、上坂樹里はオーディション。これも、主人公はフレッシュであまり見たことのない新人がいいという考え方と、演技に安心感のある、一定のキャリアのある人や、なんとなくでも認知度があるほうがいいという考え方など、様々な視聴者の嗜好に応えた形になっている。

朝ドラも114作。手を変え品を変え、半年ごとに新作を作り続けているのは本当に偉業である。時代がいま大きく変わりつつある、明治のような(知らんけど)状況下で、多様なニーズに応える朝ドラを考えぬいたひとつの形は応援したい。ただ、ちょっと、オリジナルなエピソードが少なくて、優等生的に必要な要素をまとめました、という印象だ。あんまり出過ぎる作家が好かれないのが昨今の傾向であるが、物語のなかでは、インパクトや独創性のある台詞やエピソードをのびのび描いてほしい。
ちなみに、朝ドラにおける「医療」テーマは意外と少ない。『ちゅらさん』(2001年度前期)で終盤、ヒロインえりぃ(国仲涼子)が看護師になり、医者である夫(小橋賢児)と共に故郷・沖縄の医療に携わることになる。が、テーマが医療ではなく、あくまで終盤のヒロインの人生の転機として描かれた。最近だと『おむすび』(2024年度後期)の結(橋本環奈)が栄養士になり、病院勤務するが、医療とはまた違う。主人公が医療にどっぷり従事したのは『梅ちゃん先生』(2012年度前期)。父が医者で兄も医学生という家に生まれた梅子(堀北真希)が地域医療に従事していく。『風、薫る』では、久しぶりの本気の医療ものに期待したい。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK






















