『ばけばけ』主題歌と物語の親和性 ”しじみ汁”のように身に沁みた「笑ったり転んだり」

チーフ演出の村橋直樹が大事にしていたのも、セツが夫である八雲との日々を綴った回顧録『思い出の記』だったという。そして、この本を基に制作されたのが、トキとヘブンの物語、そして視聴者の心に半年間寄り添った主題歌「笑ったり転んだり」(ハンバート ハンバート)だ。2月23日に放送された特別番組『ハンバート ハンバートと[「笑ったり転んだり」を語ったり♪』で、その制作秘話が語られていた。

ある日、『思い出の記』を手に『ばけばけ』の演出イメージを膨らませていた村橋。その時、部屋に流していた曲が佐野遊穂と佐藤良成からなる夫婦デュオ・ハンバート ハンバートの「おなじ話」だったそうだ。同曲はハンバート ハンバートの代表作であり、捉え方は聴く人によって千差万別だが、亡き愛する人に語りかけるような歌詞が並ぶ。『思い出の記』も八雲の死後にセツが書いたもので、重なるところがあったことから村橋はハンバート ハンバートに主題歌を依頼。敢えて細かいオーダーはせず、「『思い出の記』を読んで作ってください」とだけ伝えたという。
そんな村橋には本作の演出にあたって指針にしているものが、もう一つあった。それが山之口貘の有名な詩『賑やかな生活である』だ。誰もいない部屋で「ひもじい」と独り言を呟いた自分の声のリズムを面白がり、寝転んで思い出し笑いをするというユーモアと哀愁に満ちた作品で、ハンバートハンバートから上がってきた楽曲との奇跡的なシンクロに思わず泣いてしまったことを番組で村橋が語っていた。『賑やかな生活である』も「笑ったり転んだり」も、物悲しい。だが、どん底に沈んでいる人ほど、その物悲しさに救われるのである。トキが、怖いだけではなく、どこか寂しい怪談を心の拠り所にしていたように。〈日に日に世界が悪く〉なるのを感じる今だからこそ、平日毎朝流れてくる「笑ったり転んだり」が、しじみ汁のように身に沁みた。

印象的なのが、〈夕日がとても綺麗だね〉という佐藤良成の語りかけに対し、佐野遊穂が〈野垂れ死ぬかもしれないね〉と応じる箇所だ。世知辛くて野垂れ死ぬかもしれない日々の中でも、人は夕日を見て綺麗だなと思える。そんな人間の逞しさ、いじらしさ、おかしみを、脚本家のふじきみつ彦は本作で描いてきた。時代に取り残され、貧しい暮らしになっても、しじみ汁を飲めば「あー」と声が漏れる。世間から後ろ指を刺されていても、友と会話すれば自然と笑顔が溢れる。どんなに辛いことがあっても、先行きが不安でも、大好きな人と一緒に歩けば幸せを感じる。長い人生、いいときばかりではない。でも、悪いときも隣に誰かがいれば〈これでもいいかと思ったり〉する。それはさながら、地獄の底に差し込む一筋の光。ここにきて改めて「この世はうらめしい。けど、すばらしい」というキャッチコピーの秀逸さ、そして主題歌と物語の親和性の高さに気づかされる。
トキがヘブンに勇気を出して「私も、ご一緒してええですか?」と声をかけ、一緒に散歩へ出かけた2人が結ばれるシーンは、「笑ったり転んだり」から着想を得たそうだ。先述の特別番組にて、村橋は「最終回も(主題歌に)かなり影響を受けてます!」と語っていた。それは一体どのシーンなのか、考えながら最終回を見届けたい。
■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK




















