『ばけばけ』トキのヒロイン像は異色? “なにも起きない日常”を描いたドラマを総括

『ばけばけ』トキのヒロイン像は異色だった?

 小泉八雲とその妻・セツをモデルに、怪談を愛した夫婦の日常を描いた朝ドラ『ばけばけ』(NHK総合)がついに最終週に突入した。さみしい、とにかくさみしい。全編脚本を手がけたふじきみつ彦は、制作発表時から「なにも起きない日常を書いています」と宣言していた。たしかにトキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)の歩みを振り返れば、実際はいろいろあったけれど、劇的なトーンで綴られた波乱万丈な物語ではなかった。私たちの日常にそっと伴走してくれるような物語だったからこそ、どうしようもなくさみしいのだ。

 最終週「ウラメシ、ケド、スバラシ。」は、ふじきが企画書段階で掲げた「この世はうらめしい、けど、すばらしい。」というキャッチコピーに由来する。まさに『ばけばけ』を象徴する一節だ。

 『ばけばけ』の特徴のひとつが、徹底して描かれたトキたちのささやかな日常の営みと、描かないからこそ生まれた美しい余韻である。ヘブン主催のクイズ大会や焼き網紛失事件など、一見すると本筋から外れたようなエピソードも丹念に描かれた。その一方で、トキとヘブンの想いが通じ合った第13週「サンポ、シマショウカ。」では、松江の美しい風景、髙石とバストウの二人芝居、そして視聴者の想像力に委ね、彼らの心情の変化をセリフで説明する場面は一切なかった。このコントラストこそが、『ばけばけ』の豊かさに繋がっていたと思う。

 単なる善悪だけでは割り切れない人々の造形も、『ばけばけ』ならではだ。たとえば、トキの生家である雨清水家は、大黒柱の傳(堤真一)の死をきっかけに没落の道をたどる。その後はヘブンの女給として働くトキに支えられ、息子の三之丞(板垣李光人)が職を得たあとも、生活はヘブンの援助に頼っていた。もしかしたらドラマ的には、彼らが一念発起し、トキたちから自立した方が見やすかったかもしれない。だが、そんな人間の“ままならなさ”を描くのが『ばけばけ』なのだ。

 それを最も体現していたのが、トキの父・司之介(岡部たかし)とフミ(池脇千鶴)だ。武士の時代が終わってもなお、その誇りに固執し続けていた祖父・勘右衛門(小日向文世)は、老いらくの恋を機に、トキの理解者へと変わっていく。だが一方で、最後までなにも学ばず、なにも変わらないままの司之介とフミもいるのがおもしろかった。そんな彼らこそ、『ばけばけ』のもうひとつの核だ。

 そしてトキもまた、昨今の朝ドラヒロインにはわりと珍しい“流れに逆らわない”タイプだったと思う。以前インタビューで「自分は流れに逆らわず、状況を受け入れるタイプ」「人の考えをわりとすぐ受け止めてしまう」(※)と語っていたふじき自身の気質に由来しているのだろうが、トキは変革をもたらすヒロインではなかった。『虎に翼』で「はて?」と問い続けた寅子(伊藤沙莉)や、『あんぱん』で“はちきん”と呼ばれたのぶ(今田美桜)のように、時代や社会に能動的に切り込んでいった朝ドラヒロイン像とは明確に異なる。

 日に日に世界は悪くなっている気がするけれど、自分にはどうにもできないとわかっているからこそ、笑顔で受け入れるしかない。与えられた状況のなかで折り合いをつけながら生きるその姿は、むしろ令和的ともいえる。その背景には、幼少期から長らく続いたド貧乏体験があるのだから、トキにとっての“受容”は、自分を守るための術だったようにも受け取れる。そう考えると、なかなか複雑なニュアンスを秘めたヒロインでもあった。

 幼少期から過酷な環境に身を置き、それが“通常運転”となっていたトキにとって、誰かのためではなく、自分のために初めて芽生えた感情が、おそらくヘブンへの恋心だった。

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