『ばけばけ』トキ×ヘブンの“なんでもない会話”が描いてきたもの 目には見えない心の在り方

『ばけばけ』トキ×ヘブンの日常が描いたもの

 まるで思い立って散歩に出かけるかのように気まぐれに、ゆっくりと道草をしながらトキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)が歩んできたNHK連続テレビ小説『ばけばけ』がもうすぐ終わりを迎える。にわかに信じがたいことだ。つい最近まで、熊本に移り住んだにもかかわらず、フィリピン行きに興味をそそられるヘブンにヤキモキしながら、トキとの夫婦生活の今後に思いを馳せていた記憶があるのに。

 第1話の冒頭で、トキがロウソクの火を挟んで『耳なし芳一』の怪談を余韻たっぷりにヘブンに語り聞かせると、薄暗い画面から打って変わり、OP映像ではハンバート ハンバートの「笑ったり転んだり」の穏やかなメロディとともに、2人の幸せな夫婦の写真がいつかのアルバムをめくるように映し出されていく。その直後、時代の変化に取り残されて、恨めしさを抱えて立ち尽くす松野家の人々のギャップに翻弄されながらも、トキとヘブンの多幸感に包まれるような生活を想像して楽しみにしていた。

 しかし、実際に作品を通して観ると、幸せに満ちた時間よりも、生活に難儀したり、このままではダメだと焦ったりしていた時間のほうがはるかに長かった。第4話の時点で司之介(岡部たかし)は多額の借金を背負い、トキを機織り工場で働かせてくれていた、血の繋がった実の父親である傳(堤真一)も亡くなってしまう。婿に来てくれた銀二郎(寛一郎)もまた、祖父の勘右衛門(小日向文世)との折り合いが合わずに、東京へと旅立ってしまう。なんとここまでの苦難が、トキの周りでは第4週までに起こっている。笑っている暇などないように思えるが、とぼけた司之介に厳しく突っ込むフミ(池脇千鶴)やトキとのコミカルな会話は、疲れた心身を解きほぐすように合間に挟み込まれる。髙石あかりの多様な感情を内包した芝居が、松野家の人々を演じた熟練した役者陣と呼応することで、まるで本当の家族のような生活感のある会話になっている。

 脚本家のふじきみつ彦がつけた本作のキャッチコピーは「この世はうらめしい、けど、すばらしい」。ほの暗くて、ほの温かいこの物語を象徴するような言葉であり、『ばけばけ』の世界を生きる人々も、きっと一度は心の中で口にしていたように思う。トキと同じく貧乏長屋を出ていくことを夢見ていたサワ(円井わん)やなみ(さとうほなみ)、没落する雨清水家とともに落ちぶれてしまうタエ(北川景子)と三之丞(板垣李光人)など、ままならないこの世を恨めしく思っていた人はあの時代に大勢いたことだろう。それでも、苦難に塗れた人生にだって心が穏やかになる時間は存在していて、トキとなんでもない会話を交わしているときは、ふと彼らの口元には笑みが溢れている。ヘブンの教え子である丈(杉田雷麟)と正木(日高由起刀)と小谷(下川恭平)、花田旅館の女中であるウメ(野内まる)や松野家の女中となったクマ(夏目透羽)など、若いキャスト陣が登場する場面でも、真面目さとおかしみが同居する独特の空気感が自然と流れていたのが印象的だった。

 そして、難儀な道のりの中にも、眩しい輝きを放つような幸せを感じさせる瞬間はたびたびあった。銀二郎を連れ帰ることができずに肩を落として帰宅するトキを牛乳ヒゲで温かく迎える松野家の抱擁、子どもが生まれることを知ったヘブンの喜び。そして、松江大橋で散歩に出かけるヘブンにトキが「私もご一緒してええですか」と声をかけ、夕景が幻想的な宍道湖のほとりで、トキとヘブンが手を繋ぐシーン。どれも脳裏に焼きついている。

 ヘブンの唯一無二の友人である錦織(吉沢亮)との最期のやりとりが描かれた第115話も忘れがたい。ヘブンに関するクイズ大会で正解できずに、不貞腐れた表情をしていたときとは別人のように痩せ細った錦織が、リテラリーアシスタントとして彼の執筆意欲を焚きつけるために、わざとヘブンが抱える不安や違和感を指摘する。『東の国から』の献辞を見つめながら、満足そうに表情を綻ばせる錦織の姿には、2人がこれまで育んできた信頼がたしかに映し出されていた。

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