実写版『ダンボ』今夜地上波初放送 ティム・バートン監督の挑戦心とほろ苦い評価

ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ製作の『ダンボ』(2019年)は、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの名作アニメ映画『ダンボ』(1941年)の実写リメイク作品である。しかしその公開には、ほろ苦い印象がつきまとっている。
ディズニーの名作アニメの実写リメイク映画は、まるでラッシュのように、次々に企画が組まれることになり、そこからも優れた作品が生まれている。そんなラッシュの直接的な原因となったのが、『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)の大ヒットだった。それを監督として手掛けたのが、かつてディズニー社のアーティストであった、鬼才ティム・バートンだった。
だからこそ、人気作品『ダンボ』の実写リメイクで、ヒットメイカーだとされていたバートン監督が再登板するかたちとなったのである。しかし『アリス・イン・ワンダーランド』とは対照的に、興行面でも批評面でも、支持を得られないという結果になってしまった。なぜ本作・実写版『ダンボ』は、このようなことになってしまったのだろうか。
アニメ版『ダンボ』は、『白雪姫』(1937年)、『ピノキオ』(1940年)、『ファンタジア』(1940年)と、アニメーション業界で比類ない芸術を生み出してきたウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオからすると、比較的低予算かつシンプルに作られた一作だった。とはいえ、それでも圧倒的なクオリティであったことは言うまでもない。
大きい耳という特徴を持って生まれ、みんなから笑われる存在として、サーカスで芸を仕込まれてきた、ダンボ。まだ子どもなのにもかかわらず、最愛の母親から引き離され、寂しい思いをしながら、ネズミのティモシーに励まされて日々を生きていた。だがそんな大きい耳が、誰も予想をしなかった奇跡を呼ぶといった物語だ。
ダンボと、その母ジャンボや、ティモシーとの絆。意外な大逆転とカタルシス、そして『ファンタジア』と同じくサイケデリックな感覚を先取りしていた「ピンクの象」の幻想シーンなど、シンプルとはいえ、いや、それだからこそこれらの印象的な要素は、鮮やかに人々の心に残ったといえるかもしれない。
実写版は、そんなシンプルなストーリーに肉付けをし、背景を豊かにしているところが特徴である。第一次世界大戦や感染症の影響、巨大娯楽施設での興行などなど、そこには多くの社会的、歴史的事象が織り込まれることになった。それ自体は決して悪いことではない。
しかし、コリン・ファレル、エヴァ・グリーン、マイケル・キートン、ダニー・デヴィートなどの有名俳優が出演し、人間ドラマの部分が大きくなったことは、結果的に逆風となったように思えてならない。アニメ版は、愛らしいダンボと、おしゃべりなティモシーという名コンビが観客の共感を呼んでいたが、そんなティモシーの役割までが人間のキャストに代替されたことで、比較的感情移入がしにくい内容になってしまったのだ。
そもそも、まだ小さなダンボは、アニメ版でも喋らないキャラクターだった。だからこそ、側でダンボの気持ちをマシンガントークによって代弁してくれるティモシーが必要だったのだ。しかし、人間がこの演技を真似するのは、さすがに不自然だといえよう。これは、作品にリアリティを与えようとした試みが裏目に出てしまったと言わざるを得ない。























