『ひらやすみ』はなぜ幸福な実写化となったのか “エンタメの力”を信じた制作統括の思い

『ひらやすみ』制作統括ロングインタビュー

 真造圭伍の人気漫画を実写化したNHK夜ドラ『ひらやすみ』が、視聴者から熱い支持を集めている。原作の温かな世界観を丁寧に映像化し、多くの人の心に寄り添う本作は、いかにして生まれたのか。『オリバーな犬、(Gosh!!) このヤロウ』『作りたい女と食べたい女』など、NHKの話題作を手がけてきた制作統括・坂部康二にインタビュー。

 阿佐ヶ谷という街や「平屋」へのロケーションのこだわり、岡山天音が演じたヒロト、森七菜が演じたなつみを筆頭に奇跡的なキャスティングの裏側、そして「なぜ今、この物語を世に出すのか」という思いまで、じっくりと語ってもらった。

漫画から映像を成立させた“チューニング”とキャストの力

ーー熱心なファンがいる作品なだけに実写化のハードルはあったかと思います。結果として、多くの視聴者が夢中になっていますが、この反響を受けての率直な思いを聞かせてください。

坂部康二(以下、坂部):大きな反響をいただけていることに、驚きつつ、とてもうれしく感じています。すべてはすばらしい物語と世界を生み出した、原作の真造圭伍先生のおかげです。そしてその原作の魅力を実写にするにあたって、最大の愛と敬意をもって臨んでくれたスタッフとキャストの力のたまものです。

ーー放送日はSNSで数多くの熱い感想を目にしました。

坂部:「作品は、受け手の方々に受け取ってもらってはじめて完成する」とよく言われますが、今作ほど、その言葉を実感したことはありません。SNSでの反響や周囲の声からも、「届いている」という感覚を強く持ちました。それは数としてだけではなく、内容として「必要としているひと」に届いているという感覚です。きっとみなさん、作中の「よもぎさん(吉岡里帆)」のように、忙しく、決して大きく報われるわけでもなく、それでもがんばって暮らしているんだと思います。そんな方々にとって、束の間の、肩の力を抜いていい時間になっているのだとしたら、とてもうれしいです。

ーー原作に非常に忠実ではありますが、実写としての間やシーンの組み合わせは、米内山陽子さんの脚本だったからこそかと思います。

坂部:米内山さんは、アニメーション作品で幅広い実績をお持ちの方です。とくに日常を優しく繊細に描いた『スキップとローファー』のような作品で、原作に忠実な部分と、映像化にあたって微細に変更を加える部分とをうまく組み合わせて丁寧に作り上げる手腕がすばらしいと感じていました。「漫画」では成立するけれど「映像」にするときには「そのまま」とはいかない部分が生じてしまうため、どうしても「チューニング」が必要です。今作でもその「チューニング」の力を発揮してくださっているのに加え、なにより原作への深い愛情と理解にもとづいた「思い」が強く込められています。「原作のどんなちいさな要素もとりこぼさないようにしたい」という米内山さんの思いが、脚本を一段高いところに持ち上げてくれました。

ーー脚本の世界観を具現化するうえで、現場の演出やキャストの力も大きかったのではないでしょうか。

坂部:実写として成立させるには、脚本に加え、演出の力、そして俳優たちの芝居の力ももちろん重要な要素です。これまで誰かの日常を丁寧に描く作品を多く手掛けてきた松本佳奈さんを中心とする演出チームが、単なる「漫画のトレース」や「完コピ」にならないよう、衣装やメイク、美術など様々なパートの力を結集させ、「実写」としてのリアリティを構築してくれました。そして岡山天音さん、森七菜さんをはじめとするキャストの見事さは、すでにドラマをご覧いただいているみなさんが感じているとおりです。岡山さんのひょうひょうとしたたたずまい、森さんの肉体から感情がだだ漏れする表現など、「いそうで、いなそうで、でもやっぱりいそう」という絶妙な存在感を見せてくれています。

「阿佐ヶ谷」だからこそ成立する物語

ーーヒロトたちが暮らす「平屋」、そして「阿佐ヶ谷」という街自体も主役のドラマでした。ロケーションへのこだわり、セットではないロケ撮影だからこそできる魅力についてあらためて教えてください。

坂部:実は、原作者の真造圭伍先生に初めてお会いした際、「阿佐ヶ谷を舞台にしなくてもいい」と言っていただきました。とても驚いたのと同時に、制作チームが作品の大切な部分を理解していると信頼してくださっているのだとありがたく思いました。

ーー原作者公認であれば別の場所で撮る選択肢もあったわけですが、それでも阿佐ヶ谷にこだわった理由はなんだったのでしょう?

坂部:原作を読み込み、脚本を考えていったり、撮影場所を検討したりすればするほど、この物語は「阿佐ヶ谷」という場所だからこそ成立するのだという思いに至りました。東京という都会にありながら、都心ではなく、中央線でターミナル駅である新宿駅からはほんの数駅なのに休日は快速電車が停まらないとか。都会のエアポケットのように、物語に描かれる「平屋」がきっとどこかにあるんではないかと思わせる絶妙な条件。原作を読んでも、真造先生が実際に阿佐ヶ谷界隈の土地を想像しながら描いたのだろうと思わせるリアリティを大切にしたいと考えました。駅やお店、そして街を生活圏とするみなさんのご協力を得ながら、実際に阿佐ヶ谷で撮影できたことは、実写ドラマとしての肌触りに大きな影響を及ぼしていると思います。

『ひらやすみ』の“平屋”は実在した! 100軒超から探し当てた奇跡のロケセットに潜入

NHK『ひらやすみ』の平屋セットは、実在の空き家を改装。縁側をゼロから作るなど、単なる原作再現を超え「生活感」を追求。美術チーム…

ーーもう一つの主役である「平屋」については?

坂部:「平屋」については、撮影場所を探してくれた制作スタッフたちに感謝してもしきれません。セットでの撮影も、ロケでの撮影も、それぞれにメリットとデメリットがあります。けれど今回の『ひらやすみ』については、実際にひとが暮らしていた建物を使うことで、長年の営みから降り積もった「息遣い」のようなものが映像に宿ったのではないかと思います。大切に大切に手入れされた庭の植物ひとつとっても、住まうひとの思いや気持ちが想像されます。そんな実在の建物に美術スタッフの力が加わり、物語で描かれる世界を細部にこだわってひとつひとつ作り上げることで、観る人にとっても、そして演じる俳優たちにとっても、ばーちゃんから受け継いだ大事な「平屋」になりました。

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