『ひらやすみ』はなぜ幸福な実写化となったのか “エンタメの力”を信じた制作統括の思い

“『ひらやすみ』のためなら”で団結したキャスト・スタッフ陣

ーー登場する役者さん全員が本当にハマり役でした。ひとりひとり語っていくときりがないかと思いますが、ここまでキャスト陣がハマった理由はどこにあったかと坂部さんは考えていますか?
坂部:今回、「過去に視聴率をとった作品に出演していたかどうか」ということよりも、「最もその役を演じてほしいひとは誰か」という点を優先してキャスティングを検討しました。その過程で、真造先生にも相談し、キャラクターのイメージをすり合わせることができた点は大きかったです。岡山天音さん、森七菜さん、吉岡里帆さんは、原作や真造先生の漫画をもともと愛読していたことが、オファーしてから判明しました。『ひらやすみ』という漫画や真造先生の作品がもつ力が、すばらしい俳優を引き寄せてくれたのだと思います。
ーーヒロトとなつみはもちろんですが、それぞれの友人役であるヒデキ(吉村界人)やあかり(光嶌なづな)も非常に重要ですよね。
坂部:そうですね。今作において重要な位置を占めるのは、物語の中心となる「ヒロト」と「なつみ」それぞれの友人である「ヒデキ」と「あかり」です。2人がいることで、ヒロトとなつみのキャラクターが際立つのと同時に、登場する誰もがそれぞれの人生の主人公であることが伝わるのではないでしょうか。そんな2人を決めるのにあたって、オーディションを実施できたことは幸いでした。なおかつ、そのオーディションに、「相棒」となる岡山天音さんも森七菜さんも協力を惜しまず、一緒にお芝居をしてくれたことが決定的だったと言えます。そのおかげで、おひとりずつ候補となる俳優さんにお会いしていただけではわからない、お芝居や存在としての“相性”を見ることが叶いました。結果として、吉村界人さんという「ヒデキ」すぎる「ヒデキ」、光嶌なづなさんの「あかりん」に出会うことができました。日本のドラマにおいて、オーディションを行うこと、そのオーディションに共演者が参加することは、決して当たり前のことではありません。作品が完成するまでの間、皆さんのこうした「『ひらやすみ』のためなら」という思いに、数え切れないほど助けられました。

ーー本作における劇伴や、平屋で流れる時間を感じさせる「音」へのこだわりがあれば教えてください。
坂部:劇伴の打ち合わせの際、演出の松本佳奈さんが言っていた言葉が、音楽を含む作品のあり方を象徴しているかもしれません。それは、「この平屋での生活が永遠に続くものではない」というものでした。どこか刹那的で、ただほのぼのとした日常を描くだけではないというニュアンスを、作曲の富貴晴美さんが繊細に込めてくれたことで、軽やかさとやさしさと温かさと切なさをあわせもったすばらしい音楽が生まれました。
ーー岡山さんと森さんが歌う、劇中で流れる「Keep on rolling」も最高でした。
坂部:劇中歌の「Keep on rolling」は、音楽プロデューサーの福島節さんが作詞・作曲を手掛けています。かわいらしくて、いちど聞いたら頭から離れない、くせになる楽曲。「口笛をヒデキが吹いたらおもしろい」なんていう雑談が実現するような遊び心を、観る人もきっと感じ取って面白がってくれたのではないかと思います。
ーー音楽以外の環境音についてはいかがですか?
坂部:音楽以外の「音」についても、録音・音響チームがこだわりを重ねてくれています。よりおいしそうに感じられる「料理」の音、ただ街のノイズをそのまま聞かせているわけではない「阿佐ヶ谷」という土地の音……。そして15分という短い時間のなかで、どこで音楽を聞かせるか、あるいは音楽をつけないか……。そうした、『ひらやすみ』の世界をいかに魅力的に成立させるかというスタッフたちのこだわりは、「何度も観たくなる」という視聴者の方の感想につながっているように思います。
“エンタメ”が持つ力を信じて

ーー「続編」の可能性がありましたら、本作を楽しんだ視聴者に向けてメッセージをいただけるとうれしいです。
坂部:正直に申し上げて、「続編」については何も決まっていません。けれどほかの誰よりも、わたし自身がヒロトたちの暮らしをもっと見ていたいと願っているかもしれません。ファンのみなさんがもし同じように望んでくださるなら、制作者としてこんなに幸せなことはないです。その思いに応えられるようがんばります。
ーー『オリバーな犬、(Gosh!!) このヤロウ』『作りたい女と食べたい女』『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』、そして本作と、坂部さんが手かげてきたドラマは「心を救う」ドラマになっていると感じます。今の時代にドラマを作る上で心がけていることがあれば教えてください。
坂部:これだけコンテンツがあふれる中で、そもそも新たに作品が生まれる必然性はあるのだろうかと考えてしまいます。それでも自分にとって、観たい、作りたいと思えるか、あるいは作らなければならないと思えるかを常に自問自答しています。『オリバーな犬、(Gosh!!) このヤロウ』では、テレビドラマという枠のなかでどこまで遊び倒すことができるかというオダギリジョーさんの挑戦に応えること。『作りたい女と食べたい女』では、その当時あまり描かれていなかった女性同士の恋愛を物語の中心に据えること。『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』では、家族のあり方が多様化している時代にあらためて「家族」について考えること。それぞれ、その時点で、自分にとって必要であり、きっとほかの誰かにとっても必要に違いないと信じられる作品でした。『ひらやすみ』でも、効率や生産性が重視される時代において、ヒロトのような生き方を“ファンタジー”としてではなく描くことの持つ意味をずっと考えています。「なぜいま、この物語を世に出すのか」。そんなことをずっと問い続けていることで、ひょっとしたら、いまを生きる誰かにとって、「自分のための物語」だと思ってもらえることにつながっているのかもしれません。
ーーそうした真摯な問いかけが、結果として視聴者の心を救うことにつながっているのかもしれませんね。
坂部:自分がつくるエンタメによって、ひとの「心を救う」ことができるというようなおこがましい思いは持てません。けれど矛盾しますが、エンタメがひとを救いうるということを、自分自身の経験から知ってもいます。「このドラマの続きを観るために、もう一週間だけ生きてみよう」。そう思わせる力がエンタメにはあると信じて、これからもドラマを作っていきたいです。
■放送情報
夜ドラ『ひらやすみ』
NHK総合にて、毎週月曜から木曜22:45~23:00放送
NHK ONE(新NHKプラス)で同時・見逃し配信中
出演:岡山天音、森七菜、吉村界人、光嶌なづな、蓮佛美沙子、駿河太郎、吉岡里帆、根岸季衣 ほか
ナレーション:小林聡美
原作:真造圭伍
脚本:米内山陽子
音楽:富貴晴美
音楽プロデューサー:福島節
演出:松本佳奈、川和田恵真、高土浩二
制作統括:坂部康二、熊野律時
プロデューサー:大塚安希
写真提供=NHK





















