押井守の「自分にとって決定的な作品」とは? 『天使のたまご』と後の作品への影響明かす

押井守の「自分にとって決定的な作品」とは?

「時代と関係ないところでものを作れるわけではない」

——少年と少女の関係といえば、『ビューティフル・ドリーマー』との共通点がしばしば語られますが、いま振り返ってみてどうでしょう?

押井:どんなにアートに振った映画であったとしても、時代の影響は確実にあるわけだよね。その時代と関係ないところでものを作れるわけではないし、僕もそもそも映画監督というものを時代の雰囲気の中で目指してきて、「何もかも壊してやりたい」みたいな思いが、時代の感情としてはあった。……まぁそれは今もあるかもしれない(笑)。僕の時代はたまたま、全部をひっくり返してやる、全てを疑ってかかるという、ある種ラディカルな時代の雰囲気の中で生きていたし、その雰囲気の中で自分の映画を考えていたから、それは避けられないと思う。少女が最後に絶叫するところの喪失感みたいなものは、あの時代が産んだものだよ。僕らは、それが何なのかよくわからないんだけど、何か一番大事なものを失ったような気分の中で生きてきたから。

——学生運動の挫折から消費社会成熟までの時代観ですね。

押井:ただ、そればっかりなわけでもない。特に評論家・批評家と呼ばれている人間は時代を言葉にするのが仕事だから、「大きな物語の終焉」とか「終わりなき日常」とか、その時代時代の雰囲気を確実に伝える良い言葉を考えつく。僕らもそれに影響されるし、それを基準に考えると正解が出ているような気がする。だけどさ、映画ってそれだけでは語れないんだよ。早い話、40年前にこれを観た人がいまもう一回観たとして同じ映画に思えるわけがない。ましてやこういう作品なんだから、どこを取って語っていいかわかんないし、語ったとしても何か微妙に核心を外した気がする。みんなそういう思いで観ていると思うよ。そういうふうに作ったから。コアがありそうでないというか、あいまいなメタファーに満ちたシチュエーションやらカットが山のように出てきて、みんなそれに幻惑されてしまう。でも実際は極めてシンプルなもので、言葉にはならないんだよ。何となくでしか伝わらないものであって、わかったかと思うとツルッと抜けていってしまう。「映画」というのはそれが理想だと思うし、それを目指してもいた。目指しすぎてお客さんがツルッと抜けすぎたという反省はあるけど……。

——押井監督がここまで「映画」のシミュレーションをアニメでやることにこだわってきたことに対して、今はどう感じているのか、その根本的な動機は何だったのか聞かせていただけないでしょうか?

押井:一方で実写もやっているわけだから、余計わけわかんないって話になるよね。でも映画の正体に迫るという意味で言えば、どちらも僕にとっては同じ仕事であって、同じようにやってきた。アニメなら『天使のたまご』に絶えず回帰するし、実写をいくら作っても結局最後は『紅い眼鏡』になっちゃう。映画の正体と言いながらも、実は自分の正体が知りたいから作っている部分が必ずあるので。アニメーションにはテーマが2つないとダメだとさっきも言ったけど、どんな場合でも「映画の正体を問う」と言ったときには、自動的に「自分の正体を問う」ことにもなるんだよね。かつて小川徹が言ったことでもあるけど、批評家というのは自分の身を切らなければ何も語れない、批評というのは成立しないって話でさ。映画も漫画も小説も同じことで、僕に限らず誰だろうが皆そうしているわけ。でも今はそうじゃなくて「分析」をしたがる。分析と批評というのは全然違うもので、分析をするときには自分の存在を棚に上げて客観的に語ろうとするじゃない。別にそれをやったっていいし、やっている人も実際いるんだけど、別に僕はあまり興味がない。「ご苦労さん」としか思わない。批評って自分の賢さを証明する作業じゃないから。最近は増えてきているけど、「30分でわかるなんとか」とか「なんとかかんとか、語りきり」とか、そんなことあるわけないじゃん。2時間の映画が30分で語れるわけないじゃんという話だよ。そういう意味では『天使のたまご』は格好の叩き台になるんだろうね、本来は。でもそういうふうに語られたことは実はあまりない。あるのはたとえば「この作品は非常に性的だ」とかいうふうには言われるけど、もちろんそれは嘘ではなくて、確かに性的なメタファーに満ちてはいるんだよ。でもそれは一つの切り口としてそういうことが言えるよねってだけの話なんだよね。一つの映画を丸ごと語ることは誰にもできないから。

参照
※1. 『天使のたまご 絵コンテ集』(復刊ドットコム、2013)
※2. 前掲書、p.172

参考資料
『THE ART OF 天使のたまご 増補改訂復刻版』(徳間書店、2025)
「石岡良治の最強伝説 vol.89 押井守」(https://www.nicovideo.jp/watch/so45432577)
宇野常寛『母性のディストピア』(集英社、2017)

■公開情報
『天使のたまご 4Kリマスター』
ドルビーシネマ先行公開中、11月21日(金)より全国順次公開
キャスト:根津甚八(少年役)、兵藤まこ(少女役)
脚本・監督:押井守
アートディレクション:天野喜孝
原案:押井守、天野喜孝(アニメージュ文庫『天使のたまご』より)
製作:徳間康快
企画:山下辰巳、尾形英夫
プロデューサー:三浦光紀、和田豊、小林正夫、長谷川洋
美術監督・レイアウト監修:小林七郎
作画監督:名倉靖博
作曲:菅野由弘
音楽監督:菅野由弘
音響監督:斯波重治
撮影監督:杉村重郎
編集:森田清次
アニメーション制作:スタジオディーン
提供:徳間書店
配給:ポニーキャニオン
海外セールス:Goodfellas Animation
©YOSHITAKA AMANO ©押井守・天野喜孝・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ
公式サイト:angelsegg-anime.com
公式X(旧Twitter):@AngelsEgg_anime 
公式TikTok:@angelsegg_anime

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