押井守の「自分にとって決定的な作品」とは? 『天使のたまご』と後の作品への影響明かす

押井守の「自分にとって決定的な作品」とは?

 押井守作品の中でもカルト的人気を誇る『天使のたまご』が、40年の時を経て4Kリマスター化。後の『パトレイバー』シリーズや『攻殻機動隊』シリーズにつながる、いわゆるレイアウトシステムの萌芽がみられる『天使のたまご』だが、本作についての包括的な技術論は、押井曰く「未だに存在していない」。あるいは極めて難解とされる本作の物語をめぐる言説も、断片的なものに過ぎないという。当時でしか成しえなかった技術の宝庫から孵化したあの世界観が現代に蘇るとき、どのような言葉が紡がれうるのか。「自分にとって決定的な作品になった」と語る押井が、2025年時点の時代認識とともに『天使のたまご』を振り返る。

『天使のたまご』とレイアウトの重要性

——10年ほど前に『天使のたまご 絵コンテ集』(※1)が復刊されています。当時の押井監督へのインタビューでは、『天使のたまご』は鳥海永行さんがすごく褒めてくれた作品だとおっしゃっていて、ただ「なぜ褒めてくれたのかはいまだにわからない」と。今回の4Kリマスターを機にその答えに近づけたりは……。

押井:いや、わからないよね(笑)。珍しく褒めてくれた。かなり褒めてくれた。「日本のアニメーションに、とてもいいことをしたんだ」「誇っていいんだ」みたいな言い方だった。師匠は絶対怒ると思っていたから、「ええっ?」と思ったよね。どこらへんが良かったのか聞きたかったんだけど、怖くて聞けなかった。いつか聞かせてもらえる日が来るかなと思っていたけど……。他の作品に関しては大体想像がつくんですよ。『ビューティフル・ドリーマー』(『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』)は褒めてくれた。『パトレイバー』の1本目(『機動警察パトレイバー the Movie』)は「まぁいいだろう」と。2本目(『機動警察パトレイバー 2 the Movie』)は結構怒られた。

——『パト2』のほうが評価はネガティブだったと。

押井:うん。『攻殻機動隊』も、1本目(『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』)は「まずまず合格だ」と。「あとは客次第だ」と言われたけど、『イノセンス』はかなり怒られた(笑)。それもだいたい想像がつくでしょ。商業映画、エンターテインメントとしてちゃんと枠にはまっているかどうか。『天使のたまご』はどう考えても枠にはまっていないし、実際商業的な評価はめちゃくちゃ悪かったし、師匠が褒めるような作品じゃないはずなんだけど……やっぱりよくわからない。ただ、あの時代、あのメンバーでなければできなかった仕事であることは確か。現代では作れないと思ったし、人間の手技の力というか、1枚1枚全部手で描いていることの凄まじさはある。こんなに1本1本の線にこだわってよくやったもんだと、今回リマスターで久しぶりに観て改めて思った。絵画を無理やり動かしたような凄まじさというか、執念みたいなものは伝わるんじゃないかな。物語の意味がわかるとかわからないとか、そういうところにこだわって観てもそんなに面白くないと思う。工芸品か何かだと思って、2回、3回と観てもらえればいろいろな楽しみ方が出てくるんじゃないかな。

——技術的なところでは、当時はカメラレンズの再現が不十分だった(※2)とか。ただ私はデジタル世代で『パト2』や『攻殻機動隊』の理論を先に知ってしまっていた人間なので、それ以前の、本作独特の空間設計がかえって新鮮でした。

押井:「ここから出発した」って言い方はできるよね。七郎さん(小林七郎)から、レイアウトというものがいかに重要なのかをこの作品で学んだことは間違いない。技術的なことを言ったら、語れることはいっぱいあると思うよ。現場の人間にとってはこの作品は観るに値すると思うし、そうやって観られてきたと思う。でも現場の人間は語らないからさ。それは現場の良さでもあるけど、必ずしもいつもそういうわけでもない。それで僕はいろいろ喋りすぎて嫌われちゃうんだけど……(笑)。でもアニメーションは物語としてのテーマと、技術的なテーマとを必ず両方抱えていて、その2つが必要だと思ってきたから、技術で語る『天使のたまご』っていうのはあっていいし、はっきり言って未だに存在していないだけで、なんでないんだろうと思うくらい。技術を語るんだったらこの作品は宝庫みたいなもんだよ。

——セルの重ね方一つとっても非常に独創的です。

押井:そういう演出もそうだし、自分にとって「映画を作る」ことの基本を考えて作った作品ではある。これにずっと引きずられているから、ここに絶えず戻るというかね、それは間違いないと思う。ただそこにも、実は正と負の両面がある。正の側面という意味で言えば、自分の妄想を完璧に映像にしちゃったから、ここに何度も何度も回帰するというふうな原点にできた。同時に負の側面としては、簡単に言えば監督の仕事の限界みたいなことです。ここまでやってしまうと覚悟が必要というかさ、スタッフは大満足したけど、商業的な意味ではお客さんは全然満足しない。それでもいいんだって思ってやったんだけど、そのことが本当に正しいのかどうかって話だよね。こういうことをやりながら、なおかつお客さんも喜ぶやり方は当然あったはずなんですよ。それが『パトレイバー』とか『攻殻』とかの仕事になっていったわけだけど。でも、ボーイミーツガールっていう一番典型的な設定を持ってきているわけだから、この2人の関係をちゃんと観たいというお客さんもいたんだろうと思うんだよ。そういうドラマとしてやる気がなかったから、この2人は記号に近いというか、象徴に近いというかね、キャラクターになっていない。内面を描くってことをほとんどしていないという反省はある。商業映画でありつつも自分のやりたいことをやりきってこそ監督なんだと、そういったことがこの作品をやったからわかったという意味で正負の両面があって、だからこそ自分にとって決定的な作品になったという言い方はできると思う。

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