阪本順治監督が日本映画界に“継承”していく思い 「一瞬でも残るような場面を」

吉永小百合に重なった田部井淳子の人物像

ーー吉永小百合さんと、モデルとなった田部井淳子さん。監督から見て、お二人に共通する部分はありましたか?
阪本:吉永さんがラジオのパーソナリティをされていて、田部井さんをゲストにお迎えしたことがあり、その時に強く興味を持たれたことが、この企画に繋がったんだと思います。その生き方として、田部井さんと似通ったところ、共通する部分が多々あったんじゃないでしょうか。僕は田部井さんのたくさんの書物から、その言葉を拾い集めて人物像を探り、ノートに整理していったんですが、書きながら「あ、これって吉永さんでもあるよな」と思うことがよくありました。利発でおてんばであって、磊々落々であって、言い訳をしないさまとか、許せるものと許せないものの境目がはっきりしているとか。ご本人がどこまで意識されていたかは別として、カメラの前で演じられる吉永さんを見ていると、僕はもちろん田部井さんにお会いしたことはないんですが、「ああ、こんな人だったのかな」と思える瞬間、錯覚ではなく確信に近いものを得たときがいくつもありました。

ーー監督の近作には、次の世代に何かを残す「継承」というテーマが一貫して流れているように感じます。本作でも、映画では多部純子の思いが息子・真太郎(若葉竜也)に受け継がれていきますが、監督ご自身、そういった意識の変化はありますか?
阪本:才能豊かな若い監督たちは、もうどんどん出てきていますからね。自分が良かれと思っていたものや、先端的だと思っていたものが、どんどん過去のものになっていくんじゃないかというネガティブな気持ちに陥ることもあります。もう僕の中には、作品的に「勝った」とか「負けた」とかいう感覚は当然なくて。今、あえて一番偉そうな言い方をさせてもらうと、「観客の皆様に、一瞬でも残るような場面を作れたか」どうか。先輩面するわけじゃないですが、これだけ場数を踏んできたからこそやれたこと、というのが絶対にあるはずだし、それを自分に期待している。若い作り手の方々が観たときに、「これは今、僕らの発想にないな」と思える瞬間を作れるかどうか。そういうのはありますね。

ーー最後に、この映画を通して、監督が最も伝えたかったメッセージ、大切にされたことは何でしょうか?
阪本:田部井さんは非常に筆まめな方で、膨大な日記やスケジュール表、コラムを残されています。それが書籍にもなっているんですが、その隅っこに、晩年、本当に弱い筆圧で「つらい」とか「痛い」とか書いてあるんですよ。それを読んでしまったときに、やはり彼女が家族や周囲に見せていた表の顔と、一人きりの時に抱えていたものと、その両方を描かなければいけないと思いました。この映画は、田部井さんの常に前向きな力強さを感じてほしい映画なんです。今、これだけ多くの人が孤立感や孤独感を感じている時代だからこそ、もう一度自分の自尊心を取り戻すというか、元気になってもらいたいと願う映画です。でも同時に、あれだけの偉業を牽引した主人公の中にも、私たちと同じような苦悩と痛みが伴っていた。そんな田部井さんの人生に触れて、今を生きる活力を少しでも感じていただけたらうれしいです。
■公開情報
『てっぺんの向こうにあなたがいる』
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
出演:吉永小百合、のん、木村文乃、若葉竜也、工藤阿須加、茅島みずき、円井わん、安藤輪子、中井千聖、和田光沙、天海祐希、佐藤浩市
原案:田部井淳子『人生、山あり“時々”谷あり』(潮出版社)
監督:阪本順治
脚本:坂口理子
音楽:安川午朗
製作総指揮:木下直哉
制作プロダクション:キノフィルムズ/ドラゴンフライ
配給:キノフィルムズ
協力:一般社団法人 田部井淳子基金
©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会























