『呪怨』はなぜ伝説的作品となったのか 清水崇監督に“すべての始まり”Vシネマ版を聞く

『呪怨』はなぜ伝説的作品となったのか

徹底的にこだわった伽椰子の階段降り

『呪怨〈4K:Vシネマ版〉』©東映ビデオ

――血まみれの薄着の女性が階段の上から這い降りてくるという、もはや語り草になっている伽椰子の登場シーンですが、世界のホラー映画史に残る名場面だと思います。演じる藤貴子さんの身体能力もすごいと思うのですが、1カット目の動きと造形がまるで「よくできた人形」のように見えて、本当に人間ではない何かを目撃しているような恐怖を感じます。

清水:あれは意図的にそうしたかったんです。登場した瞬間に「人間? 人形?」と観客を一瞬混乱させる演出は、のちに思いがけずシリーズ化することになったときも、しっかり踏襲しました。伽椰子役の藤貴子さんには、そのたびにテストからやってもらうので、毎回大変な思いをさせてしまいましたね。全体重を腕で支えることになるんですが、大変そうな顔をしちゃいけない。汗も垂らしちゃいけない。いちばん表に出しちゃいけないのは、羞恥心なんです。

――ああ、それは確かに「人間らしさ」の最たるものですね。

清水:俳優さんも人間ですから、照れが出たり、余裕を見せようとしてふざけたりもするんですよね。でも映像にはその感じを一瞬でも出したくなかったので、まずは羞恥心を捨ててもらおうと、自分で実演してみせたんです。そうすれば「ああ、監督があそこまでやってるんだから、私も本気でやらなきゃ」となるじゃないですか。そういう巻き込み型の演出方法をとりました。

――それだけ明確な手本を見せれば、時間短縮にもなりますしね。

清水:ただ、人によっては監督が俳優以上に本気でやってみせると、やりづらくさせてしまう場合もありますけどね。『呪怨』の階段降りのシーンは、動作的にも表情的にも「こうしてほしい」というイメージが明確にありましたし、単純に肉体労働でもあったので、自分から率先してやりました。

――「人力SFX」とでも呼びたくなるような迫力を感じます。

清水:いま話しながら思い出しましたけど、だいぶ細かい注文をしていましたね。途中で撮影スピードが変わったかのような、あるいはCGとか人形を使っているふうに見えるような、カクカクした感じを入れてほしいとか。あと、爬虫類のようにどこを見ているのか、どこを向くのかわからない感じにしたいとか。

――その日の撮影も予定より早く終わったんですか?

清水:いや、あの日だけは押しました。けっこうNGも出して、その都度、自分でまたやってみせて。藤さんも真面目な俳優さんなので、僕の要望に根気強く応えてくれました。

――その後も藤貴子=伽椰子の登場シーンがシリーズの見せ場になっていきますが、毎回どんなふうにオファーされていたんですか?

清水:Vシネマ版2本のあと、まさかの劇場版を作ることになったとき、誰よりも先に藤さんに電話しました。「また階段降りをやるので、体力つけといてください」と。

――(笑)。まずは体を作るところからなんですね。

清水:そしたら「分かりました! 筋トレしておきます!」という返事が(笑)。これも有名な話かもしれませんが、藤さんと僕は生年月日がまったく一緒なんです。毎年同じ日にひとつずつ年をとっていくので、体力的な変化も、体を作るのにかかる時間もなんとなくわかるから、早めに連絡しておこうと。「筋力つけるのも大事だけど、ムキムキにはならないでね!」とか。今回の4K版の話が出た際にも連絡しました。いろいろ協力をお願いすることになるので。

「ここ、気持ち悪い。居たくない」

『呪怨2〈4K:Vシネマ版〉』©東映ビデオ

――全体的なキャスティングも、当時の低予算ホラーとしては脇役に至るまで豪華メンバーだったという印象が強いのですが、どのような経緯で配役されたのでしょうか?

清水:最終的にはもちろん僕が決めたんですけど、キャスティングディレクターとして狩野(義則)さんがついてくれたのかな。あとは、一瀬(隆重)プロデューサーの口添えもあって、一瀬さんが製作した一連のホラー作品……『リング』や『女優霊』(1996年)などで組んだ方々にも出ていただけることになりました。柳ユーレイさんは『女優霊』の主演でもありますけど、僕は『3-4x10月』(1990年)が大好きで。学生時代に作った自主映画の主役に柳さんっぽい同級生を起用するぐらい大ファンでしたから(笑)、出てもらえて嬉しかったです。

――芦川誠さんも、北野組の1人ですよね。

清水:そうですよね。芦川さんは誰かに薦められて、「あ! 北野作品で観た人だ!」と思った記憶があります。藤井かほりさんは、僕が『東京フィスト』(1995年)の大ファンだったから。大阪に住んでいた学生時代、塚本晋也監督と藤井さんが登壇する舞台挨拶も観に行ってるんですよ。後日その話をしたら「えー、声かけてくれればよかったのに」って言われました。いやいや、当時はただの学生ですから(笑)。洞口依子さんは、監修の高橋洋さん、推薦人の黒沢清さんのツテを頼って、「出てもらえませんか」とお願いした感じでした。

――『トカレフ』(1994年)の芹澤礼多さんとか、『蛇の道』(1998年)の翁華栄さんとか、90年代に日本映画を観てきた人なら「おっ」と思うような気の利いたキャスティングが随所に散りばめられていた印象があります。

清水:本当に、僕も「光栄です!」と思うような方々にたくさん出ていただきました。芹澤さんは『リング2』(1999年)でも柳ユーレイさんと共演されているんですよね。『呪怨』では、3人出てくる刑事のなかではいちばんの若手なんだけど、弱々しい感じというよりは自分なりのスタンスを持ってる感じが欲しいと思って、それで芹澤さんの個性的な声をポイントに持ってきたのかな。

――大家由佑子さんも北野組の常連であり、一瀬さん製作の『D坂の殺人事件』(1997年)にも出演されてますね。

清水:大家さんには先々月も会ったんですよ。しかも京都のコンビニで偶然に。

――すごいところで会いますね!

清水:実は京都の撮影所でずっと来年公開の新作を撮っていて、休日にコピーする用事があって、たまたまちょっと離れたコンビニに行ったんです。そしたら、急に大家さんに声をかけられて。向こうも撮影で来てたらしいんだけど、お互い「すごい偶然だね!」って。「エキストラで出る?」なんて笑い話してましたけど(笑)。そんなふうに突然再会する方もいるし、藤貴子さんや三輪ひとみ・明日美の姉妹みたいに、今でもたまに連絡を取り合っている方もいます。柳ユーレイさんとも、僕が審査員で参加した北海道国際映画祭で昨年グランプリを獲った『そして、優子II』(2023年)をきっかけに再会して、そのときにLINEの連絡先を教えてもらい、今回、せっかくなので、他の出演者のLINEも繋いで「呪怨グループLINE」を作ったんです。

――素晴らしいですね! 撮影当時の話に戻りますが、俳優陣への演出は現場でスムーズにできたのでしょうか?

清水:それもやっぱりスタッフと同じように「誰、このちっちゃい人?」と思われていたはずですよね(笑)。だって初めて監督する長編ですもん。あとで大家さんや、吉行由実さんと仲良くなってから聞いた話ですけど、撮影当時は控室で「あの監督、きっといじめられっ子だったのよ」って2人で話してたそうです(笑)。まあ、どちらかというと正反対の性格なので、ハズレなんですけどね。

――そんな控室でのゴシップ以外には、特に問題もなく。

清水:そうですね。ただ、大家さんと三輪明日美は実際にちょっと霊感があるらしくて、あの家で撮影していると「ここ、居たくないんだけど」と言いだす場所があったんです。

――そうなんですか!

清水:あの2人だけ、同じ階段のあたりで「なんか気持ち悪い、居たくない」と。後々聞いたら、たまに別の現場でも似たようなものを感じるらしいです。

――じゃあ、大家さんが演じた役柄は本人に近かったんですね。

清水:あんなに強力ではないでしょうけど(笑)。

強烈な暴力描写の意外な原点

『呪怨〈4K:Vシネマ版〉』©東映ビデオ

――当時のホラーブームのなかで『呪怨』が個性的だった要素のひとつに、暴力を前面に押し出している点があったと思います。そこにもこだわりがあったのでしょうか?

清水:そうですね……特に、伽椰子の夫・剛雄(松山鷹志)の凶行なんかは、いまの僕なら描くのに躊躇したと思います。単純に僕自身が「うわぁ」と引いてしまうし、社会的にどう見られるか心配したでしょうね。でも、当時は若かったせいもあるでしょうけど、「すごくない!?」ぐらいの勢いでやっちゃってました。

――「すごいことを考えついてしまった!」みたいな。

清水:若気の至りですよね。よく平気でやってたし、周りの人もやらせてたなと。もちろん直接見せているわけではないけど、間接描写で「あの袋のなかにはきっと赤ちゃんが入っているんだ……」と想像させるからこそ余計に怖い。その意識は、学校に提出した課題短編を作ったときからありました。実は、短編のときは「袋を開けると赤ちゃんが一瞬見える」というショットを入れているんです。たまたま知り合いに赤ちゃんが生まれたばかりの人がいたので、背景に敷く袋だけ持っていって、1カット撮らせてもらって。「絶対に表に出ないよね?」「絶対大丈夫です。学校の課題なので」と説明して。そのときは、袋を叩きつけるシーンはなかったんですけど。

――『呪怨』では赤ちゃんのインサートカットは自粛したんですね。

清水:さすがにまずいというか、ここは想像させるだけのほうが怖いだろうと。ほかにも露骨な描写は多いので。

――その後、剛雄が夜の路上で胎児の入ったバッグをぶんぶん振り回したり、蹴飛ばしたりして倒れたあと、路肩のゴミ袋が動き出して、伽椰子がぬっと現れるシーンもインパクト絶大です。あのシーンは『エルム街の悪夢』(1984年)も思い出したのですが。

清水:ああ、確かに『エルム街の悪夢』の影響はあるかもしれません。シリーズ3作目までは僕も好きでしたから。

――ウェス・クレイヴン監督が撮った1作目は、いま観ても奇跡のように禍々しい恐怖シーンがたくさんあると思うんですけど、特に主人公のナンシー(ヘザー・ランゲンカンプ)が学校の授業中、ビニール袋に入った同級生(アマンダ・ワイス)の惨殺死体に廊下から声をかけられる場面が素晴らしくて。どこか『呪怨』の伽椰子も思い出させますし、先述のゴミ袋のシーンにも通じる怖さも感じます。

清水:その場面はちょっと思い出せないんですけど……ゴミ袋に入れられた死体というと、『もう誰も愛さない』(1991年/フジテレビ系)というドラマにも強烈なシーンがあって。僕が大学生のときにフジテレビで放映されていた作品で、友達に「すごいから観たほうがいい」と薦められたんです。そのなかでいまだに再放送ではカットされる場面があって。

――どんな場面ですか?

清水:伊藤かずえさん演じる弁護士が、大企業の社長か誰かに強気な態度で話していたら、突然背後から首を絞められるんです。で、次のシーンになると朝のゴミ捨て場の光景が映し出される。ぼんぼん投げ捨てられるゴミ袋の山に、位置的にバラバラに散らばった手足があって、最後にいとうかずえさんの頭部がゴミ袋から出ている……という。当時、この描写に相当なクレームが入ったらしくて。

――テレビドラマではマズいですよね(笑)。

清水:僕はホラーや残酷描写が特別好きだったわけではないけど、当時オンエアを観てけっこう衝撃を受けたんです。いま思えば、そのときのショックが『呪怨』にも影響を与えているのかもしれません。

――剛雄だけでなく、伽椰子や俊雄に関しても、常に強烈な暴力性がまとわりついている感があります。暴力そのものよりも、何か凄惨な出来事が起こったあとの“残滓”のようなものを垣間見るほうが怖いし、おぞましい、というような発想も感じられます。

清水:どうすれば効果的に怖がらせられるかは、いろいろ考えました。バラバラにちぎられた家族写真を繋ぎ合わせたら伽椰子の顔だけがない、というシーンなんかもそうです。のちに『着信アリ』(2003年)でパクられていて、「さすが秋元(康)さん!」と思いました(笑)。このジャンルはパクりパクられが当たり前の世界ですから。アメリカのホラー映画でも僕の作品がなんの断りもなく山ほど真似されていますし、僕も先ほど言った『もう誰も愛さない』を含め、いろんな作品から影響を受けてますしね。

『呪怨2』撮影現場で流行ったセリフとは?

『呪怨2〈4K:Vシネマ版〉』©東映ビデオ

清水:ホラーでいうと、鶴田法男監督の演出に感動して自作で挑戦させてもらったこともありました。ちゃんと事前に御本人の了解を取りましたけどね。最近では『ミンナのウタ』(2023年)で、マリオ・バーヴァの『ザ・ショック』(1977年)の名場面を模倣させてもらったり。

――ホラー愛好家にはおなじみのシーンですよね。

清水:せっかくなら本家を超えるぐらいの意気込みでやってこそ、真のオマージュと言えるだろうという意識もあります。それだけ強い影響力を、時代や国境を越えて自分の作品から感じてもらえたとしたら、とても光栄なことだと思います。

――影響力といえば、『呪怨2』の田舎パートは、いま観ると清水監督がプロデュースした『みなに幸あれ』(2024年)によく似ていると思ったのですが。

清水:ああ、言われてみれば! だけど、下津優太監督はまったく意識してないんじゃないかな。彼は特にホラーマニアでもなく、デビューのきっかけとしてこのジャンルを研究して、日本ホラー映画大賞を獲りに行ったという人ですから。

――現代っ子ですね!

清水:だからこそ、ホラーだけが好きな監督には思いつかないようなアイデアが溢れていて、『みなに幸あれ』の短編版はそこが評価されたんだと思います。あと、僕はわりと感覚的に恐怖描写を撮ってしまうんですが、いまの若い監督は時代性や社会性も含めて、すごく計算したうえでホラーを撮っている。そこは僕のほうが見習いたいなと思っています。

――『みなに幸あれ』に惹かれた若い映画ファンにも、ぜひ『呪怨2』を観てほしいです。

清水:あの田舎パートはいまでも自分で気に入っているんですけど、撮影現場でもけっこうウケてたんですよ。響子のお父さん(水村泰三)は、昔は霊感があったという設定で、「早くしねぇと、おめぇも持ってかれっぞ!」というセリフがあって。それが現場のスタッフの間で流行りまして(笑)。昔話かよ、と思うようなセリフですけど、確かに口に出して真似したくなるような、面白いセリフだなと僕も思いました。

――いま聞くと、白石晃士作品にも通じるテイストがありますね。

清水:なるほど、確かに! 白石監督も僕と1歳違いぐらいの同世代なんですよ。彼はPFFの審査員も騙すぐらいフェイク・ドキュメンタリーを作るのがうまい人ですけど、作品を観るたびに「さすがだな」と感心しますね。彼が『貞子VS伽椰子』(2016年)を撮るときも、本人からちゃんと仁義を切る連絡がありました。「堂々とやっていいですよ!」って返事をしました。『近畿地方のある場所について』(2025年)も楽しみです。

■公開情報
『呪怨〈4K:Vシネマ版〉』
8月8日(金)より新宿バルト9ほかにて公開
出演:柳ユーレイ(現・柳憂怜)、栗山千明、三輪ひとみ、三輪明日美、藤貴子、吉行由実、松山鷹志、洞口依子
監督・脚本:清水崇
2000年/日本/70分/5.1ch/スタンダード/カラー/DCP/映倫:G

『呪怨2〈4K:Vシネマ版〉』
8月8日(金)より新宿バルト9ほかにて公開
出演:大家由祐子、芦川誠、藤井かほり、斎藤繭子、藤貴子、でんでん、諏訪太朗、ダンカン
監督・脚本:清水崇
2000年/日本/76分/5.1ch/スタンダード/カラー/DCP/映倫:G

配給:東映ビデオ
©東映ビデオ
公式サイト:https://www.toei-video.co.jp/juon4k/
公式X(旧Twitter):@juon4k
公式TikTok:www.tiktok.com/@juon4k

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