『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の秀逸な作品性を考察 “ブロマンス”と“因習村”の相乗効果

実のところ、長い歴史を通して幽霊族と人間の関係は良いものではなかった。水木しげるの漫画『幽霊一家』では鬼太郎誕生をめぐる物語が描かれており、鬼太郎の父は自分と妻が“人類よりも以前に繁栄した幽霊族の生き残り”であると語っている。大昔、幽霊族の生活が栄華を極めていた頃に人間が姿を現し、幽霊族は徐々に圧迫されていった。おとなしい幽霊族は凶暴な人間を避けて森に住み、やがてその森も安全ではなくなり、穴の奥へ。土の中で暮らす「人間モグラ」のようになり、食物が手に入りにくくなって餓死する者が増えた。近代になって同族はすっかり少なくなり、鬼太郎の両親だけになったという。幽霊族に関して『ゲゲゲの謎』でも人間が幽霊族の生存圏を奪っていったと鬼太郎の父は説明しており、狩られて仲間を失い続けたのだから、人間に対して良い感情を持てないのは当然のことだ。
しかし、妻は人間を愛しており、人間の弱さや愚かさを憐れむような慈愛に満ちた人だったという。人里離れて暮らしていた鬼太郎の父にとって、妻との出会いや水木と過ごした時間は大きな影響を与えるものになったのだろう。『鬼太郎』シリーズには複数の世界線が存在しているが、目玉おやじが息子の鬼太郎と共に人間に寄り添う姿は第6期でも色濃く映し出されている。種の違う者同士の共存には“お互い相手を尊重して理解することが大事”なのだと、目玉おやじは鬼太郎に説いている。
ここからは、運命的に出会った鬼太郎の父と水木のバディ関係の魅力を語っていきたい。龍賀の秘密を探れば鬼太郎の父と水木の探しているものが見つかるだろうと、2人は手を組むことになる。鬼太郎の父は水木に対して心を閉ざし気味で、水木も過去の経験から他者を信用しない。彼が純粋な愛情をもって妻を探し出すことを目的としているのに対し、「M」の秘密を探る水木は出世への執着が根底にある。2人はある意味対比関係にあり、利害がほぼ一致しても想いはバラバラであったが、“相棒”と呼べるほどの特別な関係になっていく。出会った頃は何ともつれない態度で腹を探り合っていたのに、やがて腹を割って語り合う仲となり、鬼太郎の父は70年後もその“相棒”に想いを馳せているのだ。男性同士の深い友情や強い絆、いわゆる“ブロマンス”という関係性は非常に惹きつけられるものである。自立した2人のバディ関係を好む筆者としては、相容れない2人が強い信頼関係を築き、心を許していく姿に“色香”を感じる。

この物語は全ての怨念を引き受けようとした父と、それを受け継ぐ息子という構図となっているが、両親の夫婦愛、子を守り抜こうとする執念、水木の存在なくしては成り立たない。鬼太郎の父は、我が子や水木が生きる未来を必死に守ろうとする姿を通じて、真の愛とは何かを我々に教えてくれた。水木は人間くさい色気を纏うが、彼は物語の後半でその魅力を開花させていく。鬼太郎の父が示す“愛の美しさ”と龍賀家に根付く“人間の醜さ”という真逆の象徴を目の当たりにするなかで、水木の選択ひとつひとつに彼の心が映し出されている。自身が囚われていた呪いのような思想を打ち破っていく過程で、本来の水木らしさが見えてくるのだ。物語の終盤、彼らの言葉や行動に心震わせながら浄化されていく感覚を得られる。“因習村”そのものである哭倉村で渦巻く人間のおぞましさは尋常ではなく受け入れがたいものだが、カタルシスを生み出す要素にもなっているのだろう。

本作は深い時代考証で昭和30年代の日常や文化にリアリティを持たせている。汽車の車内は煙草の煙にまみれ、子供がいても気にせず煙草を吸う車内での様子は現在の日本の常識とはかけ離れている。また、閉鎖的な哭倉村の描写は横溝正史による『金田一耕助』シリーズの『犬神家の一族』を想起した人も多いだろう。信州財界の巨頭・犬神財閥の創始者である犬神佐兵衛は、骨肉の争い必至の遺言状を残して他界した。龍賀一族が集まり遺言が公開され、後に怪奇事件が続発していくミステリー的な展開は、まさに『犬神家の一族』を彷彿とさせる。その因果や背景は全く違うものであるが、作品に漂う昭和の香りをより濃いものへと導く。幻想的な映像美でリアルと偶像の“昭和”の風情を醸し出し、作品にシビアな部分とある種の“艶っぽさ”を纏わせている。昭和らしさと『鬼太郎』シリーズの魂が投入されたキャラクタービジュアルも心惹かれるもので、着流しの幽霊族とスーツのサラリーマンという2人のシルエットも見事な仕上がりである。『ゲゲゲの謎』の地上波初放送は7月12日。鬼太郎の父と水木の運命、その生き様をお見逃しなく。
■放送情報
映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』
フジテレビ系『土曜プレミアム』にて、7月12日(土)21:30〜放送(※サッカー中継延長により放送時間変更の可能性あり)
出演:沢城みゆき、野沢雅子、関俊彦、木内秀信、種﨑敦美、小林由美子、白鳥哲、飛田展男、中井和哉、沢海陽子、山路和弘、皆口裕子、釘宮理恵、石田彰、古川登志夫、庄司宇芽香、松風雅也
監督:古賀豪
脚本:吉野弘幸
キャラクターデザイン:谷田部透湖
制作:東映アニメーション
©︎映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会






















