ブラッド・ピットが甦らせたスターの神話 異例のフィクション作品『F1/エフワン』の試み

『F1/エフワン』が公開される意味を考える

 とはいえ、ピット演じるソニーは、優等生的なキャラクターではない。ソニーと同じチームのルーキードライバー、ジョシュア(ダムソン・イドリス)が、イメージを気にしてメディアへの対応を重視しているのに対し、ソニーは、ただ速さやレースに勝つことだけに専心する。そういう純粋さこそが、われわれの勝手ともいえる憧れなのである。

 実際、Netflixドキュメンタリーシリーズ『F1アカデミー:新たなる風となる者に』においても、SNSを駆使して人気を集めるドライバーが興行にプラスの影響を与えていたように、メディアやSNSを通してイメージや人気を保つことは、いまや各分野のスターたちにとって必須となってきている。しかしソニーはそういう風潮に、古い側の価値観から否定的な態度をとるのだ。そういう、“イメージを気にしない”態度こそが、昔の“カッコいい”価値観であり、もう一度そこに立ち戻ろうというのが、本作のテーマ的試みである。

 筆者がコラム「ハリウッドスターは消えるのか? トム・クルーズ、ティモシー・シャラメなどから考える」で書いたように、イメージが重視される映画界では、さらにそういった傾向がある。だからこそ、一時代前に頂点を極めた「ハリウッドスター」そのもののブラッド・ピットが、本作でその風潮に抗う存在を演じられるのだ。

 レースで稼いでは去っていく自由人としてのソニー像は、スティーブ・マックイーンやポール・ニューマン、ロバート・レッドフォードといった往年のムービースターの、自由な精神を生きる男を体現してきた系譜を意識したものだろう。とくに主人公のドライバーが体力の限界へと挑む、スティーブ・マックイーン主演『栄光のル・マン』(1971年)が、本作の精神的なロールモデルとなっていると考えられる。

 それだけにソニーという役柄は、やや気恥ずかしいほどに古典的だともいえる。夕陽の海辺をバギーで駆け抜けていくショットでも、時代を超えたノスタルジーの香りが漂う。そもそもあちこちで転戦し、ひとところに定住しない“流しのプロドライバー”という設定は、さすがに“カッコつけ”過ぎている。それを無邪気に賞賛できるかといえば、やや難しいところもあるだろう。ここでは割り切って、ソニーを一種の“妖精”のようなもの、概念のようなものとして理解する必要が出てくるのである。

 こうした手法は、監督ジョセフ・コシンスキーの作家性とも深くかかわっている。彼の過去作から分かるように、そこで描かれる“美しさ”は、基本的に整理された“人工的”なものだ。端正な構図と映像設計から、意図的な作為による“概念”そのものを見ているように思えるのだ。

 しかし、『オンリー・ザ・ブレイブ』(2017年)でジョシュ・ブローリン、ジェフ・ブリッジスら俳優の味わい、そしてアメリカ南西部の風景が、コシンスキー監督の人工的な概念の世界を中和し、実体を与え、絶妙なバランスを実現させていたように、本作でもブラッド・ピットの自嘲を含んだような曖昧な笑顔や、ハビエル・バルデムの共感の表情など、出演者たちの人間くささや、そして実際に何十万人もの観客が観戦している週末のレース場で撮影した説得力と熱気が、有機的な要素を与えているのである。

 本作は、「Appleスタジオ」「ジェリー・ブラッカイマー・フィルムズ」、「プランBエンターテインメント」の製作作品だ。とくにAppleスタジオは、近年『ナポレオン』(2023年)や『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(2023年)など、配信サービスを基盤としながらも、近年いかにも“劇場映画らしい”大作を手がけている。本作はまさに、その最たる例であるといえる。

 F1の現場を撮ること、スターの神話を甦らせること、そして映像のリアリティとスタイルを両立させること。これらすべてを、いまこの時代に成立させるには、潤沢な資金と強い信念が必要となる。本作『F1/エフワン』は、そうした意思と力を最大限に反映させた映画である。

 普通の神経、常識的な感覚では、こういった映画は生まれ得ないのである。だからこそ、作品の内容はもちろんのこと、こういう試み自体に対しても評価を与えたい。神話と映画らしい迫力を実現する賭けに、われわれ観客が“ベット”することが、これから見応えある映画が続けて製作されるための鍵になりそうだ。

参考
※ https://av.watch.impress.co.jp/docs/topic/2026685.html

■公開情報
『F1/エフワン』
全国公開中
出演:ブラッド・ピット、ダムソン・イドリス、ケリー・コンドン、ハビエル・バルデム
監督:ジョセフ・コシンスキー
プロデューサー:ジェリー・ブラッカイマー
脚本:アーレン・クルーガー
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:f1-movie.jp
公式X(旧Twitter):@f1movie_jp

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