ブラッド・ピットの栄光よ永遠に ハリウッドを背負う悲壮な覚悟

ブラッド・ピットの栄光よ永遠に

 PST(西海岸標準時)の6月25日22時半ころ(日本時間26日14時半ころ)、LAPD(ロサンゼルス市警)が、市内の高級住宅に空き巣が入ったことを発表した。3人組が窓から侵入し、邸宅内を荒らしてさまざまな物品を持ち逃げしたとのこと。LAPDは当初、この邸宅の所有者名を明かさなかったが、メディアの調査によって、ブラッド・ピットが2023年に購入した邸宅であることが判明した。

 テレビニュースでこの事件を知った筆者は、ドローンによる空撮でとらえられた、屋根のほとんどを太陽光発電パネルで覆われた華麗な建築物がブラッド・ピットの自宅であることを印象深く見つめた。建築マニアとして知られ、フランク・O・ゲーリーを信奉する彼の邸宅はきっと美しいものであろうし、熱烈な美術ファンでもあり、趣味で制作した陶芸や彫刻がフィンランドのある美術館で展示されもした彼のことだから、容疑者3人組にとっても、ピット家の邸内はさぞかし盗み甲斐があったにちがいない。

 ブラッド・ピット本人が新作映画『F1/エフワン』のプロモーションのために緊急来日し、東京各所の映えスポットに出没して記念写真がSNSで拡散されていくのを見て、空き巣グループは犯行チャンスを確信した、などという推測報道もなされている。まさに現代らしい事件ではある。ピット家の被害額がどれほどにのぼったかはさておき、緊急来日の甲斐あって『F1/エフワン』は、もはや大ブームの様相を呈している『国宝』の向こうを張って、ブロックバスター洋画のプライドにかけて好調な興行を展開しているのだという。

『F1/エフワン』の誕生が意味するもの

『F1/エフワン』©2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

 ブラッド・ピットの今回の来日プロモーションは、その前月における『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』のためのトム・クルーズの来日プロモーションを彷彿とさせる。日本における映画興行が完全に邦画主導に転じて久しい現在、ハリウッドの命運はトム・クルーズとブラッド・ピットの両者の双肩にかかっている。かつてこの2人に並ぶスーパースターだったジョニー・デップ、トム・ハンクス、レオナルド・ディカプリオは、おのおのの最近作の動員力から見て、もはやクルーズ/ピットに匹敵するものではない。

 ブラッド・ピット本人も彼のファンも、よりによってトム・クルーズを「彷彿とさせる」などと軽く書かれたら、「一緒にするな」と立腹するかもしれない。しかし、この2人のスーパースターの動向は時として運命的に重なり合うことがあり、無視できない色濃い陰影をかたちづくる。その証拠として、『F1/エフワン』の監督として、『トップガン マーヴェリック』(2022年)のメガヒットも記憶に新しいジョセフ・コシンスキーが再び起用され、またこの両作ともに筆頭プロデューサーがジェリー・ブラッカイマーであることを指摘するだけでじゅうぶんだろう。

 『F1/エフワン』の製作チームであるアップル・スタジオ、ジェリー・ブラッカイマー・フィルムズ、そしてプランBエンターテインメント(ブラッド・ピットが設立した制作会社)の3社にとって、『トップガン マーヴェリック』の成功こそが指針であり、ディズニー傘下のマーベル、ルーカス・フィルムさえも不振に陥った現状にあって、模範とすべきモデルはもうトム・クルーズしか存在しないのであって、『F1/エフワン』という作品の誕生じたいがハリウッドの危機感の表れである。

 事実、この作品を非常にざっくり言い表すと、『トップガン マーヴェリック』の米空軍機をフォーミュラ1カーに置き換えたものである。現役にこだわる年配者が最前線に復帰し、若手に舐められながらも、いざ本番に近づくにしたがって本領を発揮し、No.1であることを証明しようとがんばる、というプロットは『トップガン マーヴェリック』と『F1/エフワン』のあからさまな共通事項である。

トム・クルーズとブラッド・ピットの共演作『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』

『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』© 1994 The Geffen Film Company

 1963年生まれのブラッド・ピットと、1歳年上のトム・クルーズの歩みが、アメリカ映画史の表面上で最初に交わるのは、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994年/ニール・ジョーダン監督)におけるW主演である。2人は青春映画の二枚目として頭角を表したという点で共通するが、『トップガン』(1986年)のヒット、『7月4日に生まれて』(1989年)でのゴールデングローブ主演男優賞受賞と、スターダムへののし上がりはトム・クルーズが先行していた。あいにく『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』における新進二枚目の初共演は、ゴールデンラズベリー賞で最低スクリーンカップル賞を受賞してしまったのだが。

 しかし全盛期にあったニール・ジョーダン監督の才気ほとばしるこのゴシックホラーは、いま見直せば明らかだが、まごうことなき耽美主義的な傑作であって、ゴールデンラズベリー賞の当時の審査結果を推測するに、トム・クルーズが演じた吸血鬼レスタとブラッド・ピットが演じたニューオーリンズの若きプランテーション農園主ルイの関係は同性愛的であり、当時の未発達なジェンダー感覚では、「最低なカップル」としてホモフォビック(同性愛嫌悪的)な投票を促される対象だったのだろう。ルイを見そめたレスタが初めてルイの首すじに噛みつき、抱き合ったまま、なぜか空中に浮いて、血液を吸われたルイがミシシッピ川に落下するシーン、さらにはそのあとに描かれる血液交換のシーンは、同性間性交によるオルガスムスのメタファーである。

「彼は僕を川に残して去った。生と死のはざまに」(ルイのモノローグ)

 レスタとの血液交換によって自身も吸血鬼になったルイはレスタを唯一の師とし、また演じるトム・クルーズとブラッド・ピットという美男子コンビも、この時点では師弟関係に見える。だがルイのモノローグとは裏腹に、この吸血鬼カップルにあって、常に去るのはピット演じるルイの方であり、「生と死のはざまに」取り残されるのは常にレスタである。

「まだ人間だったその朝、僕は最後の日の出を見た」

「夜のあまりの美しさに僕は涙した」

 『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』のモノローグとセリフの美しさは、みずからの原作小説を脚色したアン・ライスの手柄ではあるが、彼女はトム・クルーズとブラッド・ピットの抜擢に猛反対したそうだ。しかし、彼女の不平とは裏腹に、2人の演技はすばらしく、フリー記者(クリスチャン・スレイター)のインタビューに答えるルイのモノローグもきわめて美しく響いている。作品完成後、2人の演技に満足した彼女は前言を撤回し、謝罪している。

 合衆国独立まもない1791年に吸血鬼となった100年後、ヨーロッパ放浪から故郷のアメリカに戻ったルイは、発明初期の映画(シネマトグラフ)の観客となる。プランテーション農園の若主人だったルイは100年後も孤高の美しさを保つ。映画館に出入りするショットにかぶさる、美しすぎるブラッド・ピットの独声を、もうひとつ書き留めておこう。

「そこでは機械の奇跡が僕に再び朝日を見せた。100年ぶりに。なんという太陽。肉眼とは一味ちがう。最初は銀色。何年か経つとそれは赤紫になった。そして懐かしい青…」

 ルイが観見る映画として『サンライズ』(1927年/F・W・ムルナウ監督)、『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922年/F・W・ムルナウ監督)、銀色の朝日(モノクローム)として『ドン・ファン』(1926年/アラン・クロスランド監督)、赤紫の朝日(テクニカラー)として『風と共に去りぬ』(1939年/ヴィクター・フレミング監督)、懐かしい青の朝日として『スーパーマン』(1978年/リチャード・ドナー監督)が次々と引用され、上記のモノローグを読むブラッド・ピットも、ひとりのシネフィル(映画狂)としてさぞかし楽しい音声収録だったことだろう。

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