アニメ『九龍ジェネリックロマンス』戻れない過去に思い馳せて 記号と別れの物語を紐解く

アニメ『九龍ジェネリックロマンス』を解説

 いろんなものが変わって、なくなっていく。学生時代に通っていたTSUTAYAはもうないし、原宿で友達とランチを食べた流行りの店も、もうない。変化の目まぐるしさに拍車がかかる一方だと感じるこの頃。そんなことに辟易とする自分が、アニメ『九龍ジェネリックロマンス』に惹かれたのは必然だった。

 九龍城砦に住む鯨井令子は、同じ不動産に勤務する工藤発に恋をする。活気あふれる街並みと美味しそうな食べ物、汗が滴る夏、その恋はそのほかの恋と同じように発展したりしなかったりするはずだった。しかし、鯨井が工藤のデスクから自分と瓜二つの女性とのツーショット写真を見つけたことで、作品はミステリーロマンスとして進んでいくことになる。『恋は雨上がりのように』の眉月じゅん原作で、8月29日公開の実写映画が控えていたりと、Wメディア展開も話題となっている本作。

『九龍ジェネリックロマンス』 CROSSOVER MOVIE

 第1話から作品として圧倒的な存在感を放ち、毎話のクリフハンガーには思わず「ええっ」と声を出してしまうような演出もすごく、何よりまだ『週刊ヤングジャンプ』(集英社)で連載中であるのにオリジナルエンディングを以ってしてワンクール完結させた、その手腕が素晴らしい。ロマンスに止まらない、ミステリーの要素が作品を少し難解な印象にさせているが、改めて本作で何が描かれ、何が心を打つのかそのテーマを見つめたい。

※本稿にはアニメ『九龍ジェネリックロマンス』最終話までのネタバレが含まれます。

工藤目線で語られる「後悔」の物語

 本作は鯨井がもう一人の自分の存在を認知し、自分がオリジナルではなく“ジェネリック”であることを知るところから物語のミステリーパートが展開されていく。そして彼女だけでなく、そこの住民、いや九龍の街そのものが“3年前の夏”の状態のまま“再現”されていることに気づくのだ。それを可能にしたのがジェネリック地球、通称ジェネテラだ。

 このジェネテラこそ、ジェネリック九龍(以下、G九龍)が生まれた要因ではあるものの開発者のユウロン曰くジェネテラは“ハリボテ”の存在で、人々に夢を見せて共通意識を使い、彼らの顕在意識と潜在意識を融合させることでジェネテラを確かなものとして見せているとのこと。ここが原作とアニメで少しニュアンスが変わってくるのだが、共通しているのはG九龍が“工藤の意識”によって生まれたものだったことだ。アニメではこれが強調され、工藤の精神が不安定になることで九龍が崩壊し始める演出があった。

 もともと、G九龍は「後悔」をしている人間にしか見えない。そのため工藤以外にも、本作の登場人物は共通してそれぞれに「後悔」を抱えている。蛇沼みゆきは、病気の母のそばを離れたこと、楊明は母に決められた人生を歩んできたこと、グエンは鯨井を亡くした工藤のそばにいてあげなかったこと、小黒は成長に伴って好きな格好(過去の自分)を手放したこと、途中から九龍が見えるようになったユウロンはみゆきが九龍に(そして復讐に)のめり込む手助けをしてしまったことを悔いている。しかし、物語において最も重要になってくるのが、鯨井Bを亡くした工藤の後悔だ。

 夏が好きで、終わらないものが好きで、変化が嫌い。そんな鯨井Bにプロポーズをした翌日、工藤が彼女の元を訪れると薬の服薬で鯨井Bは亡くなっていた。彼女がなぜ“賭け”に出たのかは明かされず、今後の原作で紐解いていく謎として残った。しかし、アニメはその謎を「人の心なんてわかるわけないのかもしれない」という一つの答えを提示している。

 鯨井Bをよく知らなかった。そのせいで工藤の記憶のまま再現された九龍で唯一“バグ”のような存在として鯨井Aが生まれた。工藤の後悔には、彼女を失ったことだけでなく彼女のことを何も知らなかった事実も大きく含まれており、G九龍で今度こそは鯨井Bを知っていこうと思った矢先……彼女の顔を持った別人が現れた。その視点で第1話から観直すと、工藤の辛い気持ちや迷いが痛いほど伝わる演出になっている。この物語の主人公は鯨井Aに思わせて、実は工藤でもあること。そして工藤の物語として捉えたときに彼の“恋の終わり”……つまりお別れを誠実に描いた点がアニメオリジナルエンディングとして、非常によかった。

『九龍ジェネリックロマンス』エンディング映像(ノンクレジット)

 鯨井Bとの別れを描き、数年後、鯨井Aと再び始める“恋のレトロニウム”。エンディングテーマの題名にもあるこの「レトロニウム」とは、新しい言葉ができた時に従来の事物を説明し直すために後から作られた言葉である。例えば従来「電話」という言葉で表されていたものが携帯電話の出現により、「固定電話」と呼び直されるようになる。この「固定電話」がレトロニウムなのだ。まさに本作にぴったりの表現である。また、鯨井Aの前に数年間現れなかったのも、自分の気持ちの整理と同時に、九龍以外の場で“自分の人生”を歩むことで、“絶対の自分になった”鯨井Aと再会し、別れた後から知らない領域が増えた彼女のことを改めて知っていこうと思う工藤なりの誠実な向き合い方に思えた。

 さて、先にエンディング曲「恋のレトロニウム」に触れたが、この事物に新しく与えられた名前と、エンディング映像の視点につながる本作の重要な存在に触れなければいけない。

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