『国宝』を女性たちの視点から読み解く 高畑充希、森七菜らの美しく恐ろしい“強さ”

喜久雄をきっかけに、“血”による家の支配から飛び出した彰子

二代目・花井半二郎(渡辺謙)亡き後、後ろ盾を失った喜久雄が、なりふり構わずに関係を持ったのが歌舞伎役者・吾妻千五郎(中村鴈治郎)の娘・彰子(森七菜)だった。彰子と結婚することで、落ち目になっていたその立場を盤石なものにしようという狙いは見え見え。千五郎は目を覚まさせと言わんばかりに喜久雄を責め立てるが、そんな喜久雄をかばうように彰子は全てを捨てて家を出るのだった。
一見すると、世間知らずのお嬢様がまんまと騙された図とも取れる。ところが、旅役者として各地で芸を披露する喜久雄をサポートする彰子のタフさには驚かされるばかりだった。俊介が何歳になっても周囲から「俊坊、俊坊」と言われて育ったことを思うと、同じように名門役者の家に生まれた彰子もきっと「蝶よ花よ」とかわいがられてきたはず。にも関わらず、テキパキと支度を手伝い、重い荷物を運ぶのも何のその。

その迷いのない動きに、彼女が本当に欲しかったのはそんな自らの意志で歩くことだったのではないかと思いを巡らせた。どこに行っても千五郎の娘として振る舞うことを、そしてこれからも千五郎の娘として親が納得する人生を求められていたはず。そんな彰子が誰にも認識されない見知らぬ土地で、自分が選んだ人をマネジメントする。「愛の逃避行」とは言い難い殺伐とした雰囲気を受け入れている様子にも納得だ。
彼女が「どこ見てんのよ」と言い放ったのは、酒に溺れるほどにまだ人間味が残っている喜久雄に対して、敏腕マネージャーからの叱咤だったと見たらどうだろうか。芸を磨くほどに人としての中身が空っぽになっていくのが歌舞伎役者の女形。小さいころから歌舞伎の世界を見てきた彰子なら、そんなふうに感じていたと思うと胸が高鳴る。
喜久雄の“血”を糧に芸と技に生きる道を選んだ藤駒&綾乃

喜久雄の才能をいち早く見出した女性といえば、芸妓・藤駒(見上愛)。まだ無名だった喜久雄に「2号さん、3号さんでいい」と言う奥ゆかしいアプローチは、花街の女であるという立場をわきまえてのことのように見えた。だが、歌舞伎役者が芸妓と結婚する話も珍しいことではない。そこで、もし藤駒が本心から正妻になりたくないと思っていたとしたら? 喜久雄と同様、藤駒も自らが芸を披露することが好きだったとしたら……?
芸妓は結婚すると廃業するケースも少なくないという。それほど、仕事と家庭との両立が難しい職業。藤駒としては、この道のプロとして生きる道を探していたのではないか。喜久雄はきっとこの先スターになる。「梨園の妻」ではなく、「祇園の芸妓」として生きていくために、喜久雄には私生活を共にする「夫」ではなく、その道を金銭的に支えるパトロンとしての「旦那」となってほしい。そう願って「喜久雄に決めた」と言ったとは考えられないだろうか。
お互いの芸を大切に思いながら寄り添った2人。のちに、藤駒は喜久雄との間に娘・綾乃(瀧内公美)を産む。襲名パレードでは綾乃が「お父ちゃん」と呼びかけても見向きもしなかった喜久雄。芸の道に突き進む冷淡な喜久雄を象徴するシーンであり、一般的な「父」と「娘」の関係性は難しかったことが伺えた。しかし、物語の終盤でカメラマンとなった綾乃が喜久雄の求めてきた美を肯定するのだ。
喜久雄の舞台を見ることができるほど、不自由のない暮らしを送れたのだと想像する。娘としては満たされなかったし、むしろ恨んですらいる。けれど、写真で世界の美しい瞬間を収めるカメラマンのプロとしては、その仕事人としての魂を認めざるを得なかった。そしてこの人の“血”が私にも流れているという自負も彼女を強くしたはず。藤駒と綾乃の「芸の肥やし」となったのは、むしろ喜久雄のほうだったのかもしれない。

女性が舞台に上がれないことから、男性にしかスポットライトが当たらないように思われる歌舞伎界。しかし映画『国宝』を観ながら、あのきらびやかな世界を回しているのは女たちだっのだと知った。半二郎の後妻で俊介の実母・幸子(寺島しのぶ)が舞台裏で、稽古に立ち会い、関係者に挨拶をし、人と人とをつなぐ存在として重要な動きを見せる。役者を支え、跡継ぎを生み、育て、次世代へと受け継いでいく。そこにもまた舞台に立つ者とは異なる執念が渦巻いているのだ。男たちが何百年と演じ続けてきた女形がいつの時代も人々を圧倒するのは、たくましく、そしてしたたかな女たちが、恐ろしくも美しいから……とも思えてくるのだった。
■公開情報
『国宝』
全国公開中
出演:吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、森七菜、三浦貴大、見上愛、黒川想矢、越山敬達、永瀬正敏、嶋田久作、宮澤エマ、田中泯、渡辺謙
監督:李相日
脚本:奥寺佐渡子
原作:『国宝』吉田修一著(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
製作幹事:アニプレックス 、MYRIAGON STUDIO
制作プロダクション:クレデウス
配給:東宝
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会
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