日本語アニメはどう翻訳されている? 『進撃の巨人』、“不思議ちゃん”など翻訳家が分析

日本語アニメの翻訳事情を翻訳家が分析

 近年になって他言語圏でも日本のアニメが公式配信されることが多くなり、公式の字幕や吹き替えが増えてきた。特にNetflixなどで視聴する場合、本編終了後にさまざまな言語の吹き替えや字幕を担当したスタッフのクレジットが流れる時間があり、最後まで観ようとするとかなりの量があることに気づく。日本アニメ自体の流行に伴って、アニメ翻訳業界もこの数年で大きく拡大しているのだ。

『劇場版「進撃の巨人」完結編THE LAST ATTACK』©諫山創・講談社/「進撃の巨人」The Final Season製作委員会

 思い返してみると、「アニメにおける翻訳」というものについて初めて思いを巡らせたのは、まだアニメ版の第1期が出るか出ないかの頃に『進撃の巨人』の英題が『Attack on Titan』だと聞いたときだった。「巨人が進撃する」ということならAdvancing Titansのようなタイトルが自然だろうし、巨人を狩るというテーマに重きを置くならもっと自然な表現を選べそうなものだ、と違和感を抱いたのを覚えている。それがやがてAttack on (the) Titan(s)(巨人への進撃)と、エレンを指す“Attack on” Titan(「進撃」の巨人)とのダブルミーニングだと気づいたときは感心した。実際に英題は原作者の諫山創自身が選んだものだというので、ずっと掌で転がされていたのかとやや悔しくも感じた記憶がある。

 アニメをどのように他言語圏に届けるかというのは難問で、だからこそ『進撃の巨人』のような例は痛快だ。漫画と同様、アニメにはとにかく固有名詞が多いし、日本独自の文化を前提としている要素は随所にあるし、これまでもこれからも翻訳者はきっと頭を抱え続けるだろう。何かの折に英語版の『BLEACH』の切り抜きを見かけた際、流暢な英語を話す藍染惣右介が突然「Kyouka-Suigetsu」と言うのを観たときはちょっと笑ってしまったが、翻訳者の立場に立ってみると確かに他にやりようもないだろうなと思った。

【速水奨…低音!生キャラ変】藍染/ドラウス/明智/ジュリアスetc...

 他方で、厳密さよりも面白さを優先し、相当振り切った翻案を採用する作品も少なくない。今回は扱わないが、アニメ本編の内容を完全に無視してアドリブで吹替をつけためちゃくちゃなアニメまである(吹替版『学校の怪談』シリーズ)。およそ本来の視聴者層である子供に見せるつもりのないであろうブラックジョークまみれの仕上がりになっているが、興味のある方はぜひ観てみてほしい。

 ともあれ、アニメ翻訳者たちは作品の面白さを損なわず──むしろ引き出すため──日々工夫を凝らして四苦八苦している。ここでは英語圏に届けられた作品の中でもとりわけ興味深い翻訳が行われた例をいくつか見てみよう。

方言・訛り

 アニメにおいて方言はキャラづけとして頻繁に用いられるが、実のところ方言はとても翻訳が難しい。日本語の「方言(dialect)」は英語の「訛り(accent)」と大きく異なり、誤解を恐れず大雑把に言えば、前者は用いられる言葉そのものにも違いがあるところ、後者は主に発音のみが違っているためだ。そのニュアンスの違いを字幕や吹替でうまく補おうと、翻訳者はこれまでさまざまに苦悩してきた。

 例えば、『あずまんが大王』の大阪さんの関西弁が代表的だろう。『あずまんが大王』は元々世界中で人気を誇る作品だったが、2023年頃にいくつかの投稿をきっかけに海外で爆発的にミーム化し(「さーたーあんだぎー」や「アメリカやー」のシーンなどが特に印象的だったようだ)、英語圏の、そして若いZ世代の読者・視聴者からも熱烈な支持を受けるようになった。

 そんな大阪の関西弁だが、英語吹き替えでは興味深い翻案が採用されている。なんと、大阪がテキサス訛り(南部訛り)で話すのである。しかも吹替版声優のキラ・ヴィンセント=デイヴィスは実際にテキサス出身だから、演技ではない本物だ。突飛に感じられるやり方だが、テキサス訛りは基本的にゆっくりとした話し方をするため、伸びやかな話し方をする大阪のキャラともマッチしている。テキサス英語を話すアニメの美少女というのはなかなか見ないもので、慣れるまでは少し不思議な感じがするものの、一話観終わる頃にはもはやさほど違和感を覚えないことに驚く。

 とはいえ、無理に方言を訛りで代替しようとして違和感のあるものになってしまう場合も多い。大阪の場合は奇跡的に(?)この翻案がマッチしているが、他の作品でも同じことをしてしまうと、ちょっと落ち着かないことが多い。だから変に訛りで代替するよりは標準的な英語にしてしまうケースが実際には大半で、『ゆるキャン△』の犬山あおいなどはその一例だ。ゆったりとした口調こそ再現されてはいるが、話されているのは至って普通のアメリカ英語である。

 一方、元となる(日本語の)作品自体が海外の訛りを取り入れているために、字幕や吹替の方が自然に感じられる作品もある。『BLACK LAGOON』(『ブラクラ』)などはさまざまな国や文化を背景にもつキャラクターが登場することで有名だ。クライム・アクション作品らしくアニメ版も罵倒や猥語にまみれたダーティなスタイルで描かれるが、英語吹替版は全てのキャラクターの話し方を実際に用いられる訛りで再現しているため、原作ファンからも評価が高い。ラグーン商会の大半を占めるアメリカ人(アメリカ系)は自然なアメリカ英語を話しながらアメリカ的なジョークや比喩を用い、シェンホアなど自然な英語を話せない設定のキャラクターはそれぞれの訛り──この場合は(俗にChinglishと呼ばれる)中国英語──で話している。

 海外アニメファンの間には「ファンなら字幕で観るべし」という風潮が存在するが、『ブラクラ』は吹き替えのほうが評判が高い珍しいパターンだ。『カウボーイ・ビバップ』なども同様で、吹替版のほうが圧倒的に好まれている。同監督の新作『LAZARUS ラザロ』と同様、舞台設定が海外であるか、登場人物が外国語を話している設定の作品の多くは、「吹替でこそ本来原作者・制作者が表現したかったものが描けている」というふうに受け取られていることが多いようだ。

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