日本語アニメはどう翻訳されている? 『進撃の巨人』、“不思議ちゃん”など翻訳家が分析

日本語アニメの翻訳事情を翻訳家が分析

口癖

 方言とは似て異なる発話上の特徴として、特に日本のアニメでは「口癖」が多用される。特に語尾のようなものは英語にはほとんど存在しないと言っても過言ではないだろう。だからこそ翻訳に際してはそのまま訳すことができず、それぞれの場合に応じた工夫を要する。訳されないことも多く、例えば『うる星やつら』のラムが話す「だっちゃ」は英語版では再現されていない。

 近年のヒット作では『SPY×FAMILY』のアーニャが癖のある話し方で知られている。崩れたですます調で、漫画では基本的にひらがなのみの、歳相応どころか(それまで教育を受けられていなかったこともあり)歳未満とさえ言えるような喋り方をする。これは英語版でも子供らしい文法の崩れた話し方をすることで丁寧に再現されているが、興味深いことに自身のことを「アーニャ」と呼ぶ特殊な一人称は再現されていない。日本において「自分の名前で自分に言及する」という行為は児童・学生にそれなりに見られ、また大人から意図的に「ぶりっこ」の演出として用いられることも多いが、英語圏においては(『セサミストリート』のエルモを除けば!)ほとんど見られない。強いて言うならば子供に対して話す際に「お父さんは今疲れてるんだ」といった言い方をしたり皮肉な言い回しに用いたりする場合があるくらいだろうか。アーニャのちょっとした言葉遣いにも日本語・英語の人称に対する感覚の違いが窺える。

「BLEACH Rebirth of Souls」キャラクタームービー #08|市丸ギン

 方言とも重なるが、『BLEACH』の市丸ギンは京都人(のステレオタイプ的なイメージ)に則った皮肉めいた話し方をする。皮肉は英語の得意分野だが、この京都人的ステレオタイプは英語圏においてはイギリス人、とりわけBBCのアナウンサーのような容認発音で話す中〜上流階級のイングランド人に投影されている。そのため、英語吹替版のギンは発音こそアメリカ的ではあるものの、こういったイメージをもつイギリス人風の話し方をする。

 また、公式の字幕・吹替が存在しなかったり、公式訳の実装までに時間差があったりするアニメも多い。そういったときには無断転載が主流だった時代から続く「ファンサブ(fansub)」が役に立つ。これは有志のファンが独自に字幕を翻訳して載せるという文化で、日本語圏での公開と同時に字幕・吹替が実装されるケースが増えた現在でも、ファンサブのほうが人気という作品は少なくない。今回は触れないが、『〈物語〉シリーズ』などはナレーションの言葉遊びを面白く訳したファンサブのほうが人気だ。

 『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』には「なのだ」口調の薬膳楠莉が登場するが、ファンサブ(と原作漫画のファン翻訳)では当初「なのだ」を「yep yep」としていたという。やがてそれを「aye」と訳した公式字幕が公開されたが、さらにその後実装された吹替ではファンサブの「yep yep」が採用されるなど、現在でも作品の海外受容に関してファンダムの影響は強い。

人物呼称

01 舞台裏から全開コメンタリー: BanG Dream! It’s MyGO!!!!! 〜禁断の全話ネタバレ解説!〜

 特殊な名前やあだ名も訳しづらいもののひとつだ。英語圏にも当然愛称は存在するが、例えばロバートならボブ、アレックスならアルなど、名前に対応する決まった呼び方があったり、仲間内で通じるネタを前提としてその人を象徴するものごとで相手を呼んだり(こいつはハンバーガーに使うピクルスに異様なこだわりがあるからハインツ、など)といったものが多く、例えば『けいおん!』の「中野梓」を「あずにゃん」としてしまうような呼び方はほとんど見られない。そのため英語圏の文化に合わせた翻案が難しく、実際にあずにゃんはそのままAzu-nyanとなっている。名前は固有名詞として尊重し、ファンダムへの混乱を招かないためにもそのままローマ字等で表記したものを利用するケースが多い。

 しかし、必ずしも固有名詞に基づかない呼び方もある。「天然」や「電波系」といった言葉は他人の形容に用いられるものだが、転じてニックネーム的に用いられることもある。その手の呼称に一般的なものとして、「不思議ちゃん」を例にとりたい。

 『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』では高松燈を指した第1話のサブタイトルとして、「羽丘の不思議ちゃん」というワードが登場する(厳密には第1話作中では「羽丘の天然ちゃん」と呼ばれるが)。このタイトルは英語では「Haneoka’s Quirky Girl」となっているが、ケンブリッジ英語辞典で「quirky」を引いてみると、「Unusual in an attractive and interesting way」、つまり「魅力的で興味深い風変わりさ」という意味になる。惹きつけられるというポジティブな意味で、ちょっと変わってる、という形容はまさしく燈のキャラクターに合致している。

 しかしながら、同じ「不思議ちゃん」でも少しニュアンスが異なる場合もある。『リズと青い鳥』の傘木希美が、鎧塚みぞれとのコミュニケーションについて後輩から相談を受ける際、「みぞれって、ちょっと不思議なとこあるからなあ」と答える。この「不思議」がどう訳されているか見てみると、「shy」と出てくる。文脈を無視してこのふたつの語を比べると、両者のニュアンスには小さくない違いがある。だがこの場合、みぞれの性格に言及するならばshy=恥ずかしがり屋と表現するほうが燈の「quirky」より適切だろう。こうして同様の(固有)名詞が充てられていても、文脈ごとに訳し分けられることも多い。

 ——今回注目したのは膨大で複雑なアニメ翻訳事情のごく小さな一部分に過ぎないが、このようにして(文字通り!)昼夜を問わず、海外のアニメファンや関係者たちはアニメをより面白く、より分かりやすく世界に届けるために格闘している。興味があれば、たまに英語字幕でアニメを観てみるなどするとちょっとした発見や驚きがあるかもしれない。

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