『あんぱん』妻夫木聡の“多くを語らない”演技が示す異様な存在感 初朝ドラでの活躍を解説

『あんぱん』妻夫木聡の異様な存在感

 NHK連続テレビ小説『あんぱん』も第11週に入り、柳井嵩(北村匠海)が小倉連隊へ配属となった。戦地へ向けて、厳しい訓練を受けている真っ最中だ。嵩や同期の隊員へと、理不尽にも思える暴力をふるう古兵が多いなか、上等兵の八木信之助(妻夫木聡)だけはいっこうに殴らない。陸軍という環境の中で、異様な存在に映る。

 八木を演じる妻夫木聡は本作が朝ドラ初出演だ。『あんぱん』には、初朝ドラであることが意外な俳優が数多く出演している中、個人的にもっとも意外な人物という印象だ。とはいえ、妻夫木聡の実力の高さは、誰もが認識していることだろう。逆に言えば、朝ドラに頼らないキャリアを積んできた俳優と言える。

 映画『ウォーターボーイズ』で大ブレイクを果たした妻夫木。キャリアの始まりは、雰囲気のある俳優というよりは、少し気弱でアプローチが苦手なラブコメの主人公というような役柄が多かった。映画『ジョゼと虎と魚たち』やドラマ『ランチの女王』(フジテレビ系)、『オレンジデイズ』(TBS系)、『スローダンス』(フジテレビ系)など、どれも役柄の設定は異なるが、妻夫木を通して見る恋愛模様と恋愛を通して成長していく役柄がかわいらしかった。つい先日放送された『世にも奇妙な物語35周年SP~伝説の名作 一夜限りの復活編~』(フジテレビ系)の中でも名作と名高い「美女缶」でも主演を務めていた。平成初期から中期のラブストーリーの一時代を担った俳優の一人だ。どちらかと言えば、コミカル寄りな芝居が得意な印象が強かった。

 転機となったのは、映画『悪人』だろう。吉田修一の同名原作を実写化した本作で、妻夫木は身勝手な理由で女性を殺した後、別の女性と共に逃避行に出る清水祐一を演じた。金髪に染め上げた髪型に、退廃的な雰囲気と冷たい眼差しを持ちながらも、救いの手を待っているような寂し気な瞳が印象的で、作中で描かれていない清水の人生を丸ごと体現するような芝居を見せていた。

 『悪人』から数年間は映画に軸足を移し、どんどん役柄の幅を広げながら国内外で評価される俳優へと成長していった。映画『渇き。』や『怒り』『ミュージアム』などでは、恋愛ドラマで見せていたようなコミカルな雰囲気を微塵も感じさせない、その場にいるだけで目が引きつけられるシリアスな存在感を見せる一方で、『舞妓はレディ』や『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』など、コメディ色が強い作品にもよく馴染む。どんな役柄でも自分に溶け込ませて、妻夫木自身の特徴を極限まで押さえ込んで表現しているのだ。特定のキャラクターや作風に限定されない幅の広さを持っている俳優だ。

 2度目の日本アカデミー賞最優秀男優賞となった映画『ある男』では、弁護士として身元不明男性の身辺調査にあたりながらも、在日韓国人3世であることから周りから無意識の偏見や差別的な視線を向けられる城戸章良を演じた。作中の城戸は弁護士として働いている姿が描かれるばかりで、彼が何を感じているのかは詳細に描写されていない。しかし、仕事をする中で城戸が見せる表情や視線の揺らぎから、身元不明男性の身辺調査の仕事が城戸のアイデンティティーの不安定さを刺激しているのが伝わってくる。城戸の言葉には出てこない不安定さを見ていると、他者が何を考えているのかを真に理解することは難しいという作品のテーマそのものも重たく伝わってくる。

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