阿部サダヲ、『あんぱん』で大きな役割を担う 草吉を“ただの愉快な人物”にしない柔軟さ

放送中の朝ドラ『あんぱん』(NHK総合)は、ヒロイン・のぶ(今田美桜)が若松次郎(中島歩)と結婚したことにより、またも物語が大きく進んだ。新しいキャラクターが登場してはドラマを前に押し進めていくいっぽうで、物語の序盤から重要人物として存在していた者たちが、ひとり、またひとりと去っていく。これから戦争が激化していくのだから、暗く苦しい展開が続くことになるのではないだろうか。いや、「ヤムおんちゃん」こと屋村草吉がいれば大丈夫なはずだと信じたい。これを演じる阿部サダヲが担う役割は非常に大きいのだ。

本作は、誰もが知るあの『アンパンマン』の生みの親である夫婦をモデルに、のぶと、やがてその夫となる柳井嵩(北村匠海)の激動の生涯を描いていくもの。日本中で愛され続けるキャラクターがいったいどのようにして誕生したのか、私たちはこの『あんぱん』という作品をとおして知ることとなるのだ。
のぶと嵩はいまのところはただの幼なじみみだが、いずれは夫婦となる。それはつまり、のぶと現在の夫である次郎の別離を意味している。それがいつのことになるのか分からないが、想像しただけでも胸が痛い。いつだってエネルギッシュなのぶでさえ、これから変わっていくのだろうか。
そんな本作で阿部が演じる草吉は、かつては風来坊のパン職人だった。現在はのぶの実家である朝田家に住み込み、地域の人々から愛されるあんぱんを焼いている。が、フーテンの気質は変わっていないか。神出鬼没な人物で、ふいにどこからともなく現れ、物語の展開に合わせて何かしらの“ナイスプレイ”をしては、またどこかへ去っていく(実際には近所のどこかにいるのだろうが)。

それにときには名言めいた言葉も口にする。本作の中でももっとも個性的なキャラクターだろう。彼の存在は愉快そのものであり、阿部の軽やかな妙演が、特定のシーンのみならず作品全体に明るさを与えてきた。本作を観ていて思いがけず笑ってしまったとき、その多くに“屋村草吉=阿部サダヲ”が絡んでいるのではないだろうか。
公式ガイドブックである『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 あんぱん Part1』によると、脚本を担当している中園ミホからは「おもしろくしてください」とだけオーダーされていたらしい。阿部は草吉と一体になって私たちに痛快な時間を提供してきた。作家の要望に完全に応えていると思う。

しかし、草吉がただの愉快な人物でないことを誰もが知っているだろう。彼の言動の端々には反戦の意志を感じるし、戦争を肯定するような人間に対しては、その声も表情も厳しいものになる。これまで数々のコメディ作品でトップクラスのコメディアンぶりを披露してきた阿部なのだから、彼が繰り広げるコミカルなパフォーマンスに驚く視聴者はもうほとんどいないだろう。けれどもああいったコミカルな演技からシリアスな演技への柔軟で鋭い転換にこそ、演技者としての阿部の真価が表れている。そんなふとした瞬間にこそ、私たちは驚かされることになるわけだ。





















