ここ数年でトップ中のトップの面白さ 『ザ・スタジオ』が描く“ハリウッドの現実”

実際、マットは尊敬する巨匠マーティン・スコセッシ監督を絶望の底に突き落としたり、名匠ロン・ハワード監督の作家的なチャレンジを潰さざるを得なくなるなど、自分の哲学を曲げなければならない局面に立たされる。本人役の監督が芸達者なところを見せるという点では『サンセット大通り』(1950年)を想起させるところもある。それにしても「人間性がクソ」だと劇中で言われてしまうロン・ハワードが、本当にクソな性格であるという設定を、そのまま演じて見せてくれるサービス精神の良さには、驚きを禁じ得ない。
またマット自身も、製作現場でスタッフや出演者たちから嫌われているという描写が非常にリアルだ。映画の撮影現場を舞台に「長回し」で撮られる第2話においてマットは、「僕は“邪魔なお偉方”とは違って物分かりがいい」と自認しているが、良かれと思ってサラ・ポーリー監督(本人役)にアイデアを提供するも、心底嫌がられ、さらには妥協してそのアイデアを受け入れる態度を見せられてしまう場面が強烈だ。現場を引っ掻きまわし進行を邪魔し、要らないアイデアを押し付ける最悪の権力者であることを自覚させられてしまうという、悪夢のような展開がノーカットで描かれていくのである。
自分ではアーティストたちの味方のつもりなのに、作家性の領域に口を出してくるぶん、よりウザい存在として認識され始めているマット。自己肯定感や、存在の意義を失っていくなかで、ゴールデングローブ賞授賞式を描くエピソードでは、受賞が期待されるゾーイ・クラヴィッツ(本人役)のスピーチで、自分への「感謝の言葉」を言われたいがため、さまざまな画策をするという惨めな展開もある。
ここでは、Netflix最高経営責任者のテッド・サランドスが本人役で登場。「僕だってアーティストなんだ」と主張するマットに対し、彼は「いいか、そんなこと本当のアーティストの前で言うなよ」と言い放つ。映画業界の脅威である配信界のトップにまで、クリエイティブ業界の管理職のあり方について説教されてしまうのである。
企画や作品を判断し、その可否や内容の変更まで指示することのできる、スタジオ責任者という大きな権力を手にしながらも、踏んだり蹴ったりの日々を過ごすマット。だが、その根っこにあるのは、われわれと同じく、映画が好きで、映画の魔法に憧れている一人の映画ファンとしての感性なのである。だからこそ視聴者は、マットの起こすトラブルに笑いながらも、どこかで共感してしまうのだ。
同じくスタジオでマットを補佐する仲間たち、サル(アイク・バリンホルツ)や、クイン(チェイス・スイ・ワンダーズ)、マーケティング部のマヤ(キャスリン・ハーン)なども、多かれ少なかれ、同じ思いを抱いている。だが、ときに悪役として恨まれ、バカにされ、映画の敵だと言われることもある、マットたちのような人々がスタジオをコントロールしなければ、ハリウッド大作映画のような巨大なプロジェクトが成り立たないというのも事実なのである。
興味深いのは、このように落日を迎え変容を迫られつつある、従来の映画業界の悩める内情を映し出すシリーズが、Apple TV+でリリースされているという、皮肉な事実だ。
とはいえ近年、Appleスタジオは、マーティン・スコセッシ監督の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(2023年)や、リドリー・スコット監督の『ナポレオン』(2023年)、ジョージ・クルーニーとブラッド・ピットのW主演作『ウルフズ』(2024年)などなど、むしろ従来の大手映画スタジオでは通りづらくなった、大きな予算の“映画らしい映画”を、次々と送り出しているのである。そういう意味では、いまAppleが映画産業に対してメッセージを打ち出すという構図は、納得できる部分もあるのだ。
■配信情報
『ザ・スタジオ』
Apple TV+にて配信中
写真提供:Apple TV+

























