『あんぱん』はやなせたかしの実話をどこまで反映? 朝ドラだから描ける嵩の孤独

登美子を喜ばせたい一心で医者になることを目指した嵩は、登美子を落胆させたことに絶望して、家を出る。そして線路沿いを歩き、レールの上に頭を乗せて現実逃避。レールに頭を乗せると、遠くを走る列車の振動が響いてそれが心地よい。一度、そうしていると、列車が近づいてきて、ヤムおんちゃん(阿部サダヲ)に助けられたこともある。今回は、最終列車も出た深夜で、そのまま眠ってしまっていた。それを見つけたのぶはいつにない真剣な表情で「どあほ!」ときつい言葉を発しながら嵩をとても心配するのだった。

嵩がレールに頭を乗せたのは、癒やしだけだったのか、それとも……。その答えが、やなせたかしの評伝『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(梯久美子著)に書いてあった。「大人になって、少年少女が命を絶ったニュースに接すると、嵩は当時のことを思い出した」とある。行動と死が必ずしも直結はしなくても、運命の歯車によって命を落とすことになるかもしれない。嵩の場合、ヤムやのぶや寛がいてくれたから、深い絶望から抜け出すことができたのだろう。嵩は受験にあたり、戸籍を取り寄せて見たら、登美子も千尋も籍が抜かれていて、ひとりぼっちであることを自覚して哀しみにくれた。
ひとりも悪くないとヤムは言うが、嵩は決してひとりではない。御免与町にはたくさんの仲間がいるのだ。それに気づくのはいつの日であろうか。

さて、やなせたかしと列車の話が実話に基づいたものだったことがわかったが、登美子との別離も実話に近い。ドラマではじめて登美子が嵩を置いて町を出ていった光景は「母とのわかれ」というやなせの詩に書いてある。パラソルが印象に残っているやなせのまなざしをドラマは踏襲している。ドラマのように母は町に戻ってはいないようだが、再婚した夫と死別し東京に住んでいた。やなせも弟も時々母に会っていたと『やなせたかしの生涯』にはある。いずれにしても母(やなせの母の名は登喜子)の存在もやなせたかしの人生や作品に影響を与えているだろう。
『アンパンマン』の誕生にはやなせたかしの戦争体験(とりわけその時の飢えの体験)が大きいというのが有名な話ではあるが、幼少期の孤独と二大要素なのだと思う。おもしろいのが、詩では母との別れが哀しいけれど美しい光景に彩ら、甘い感傷を覚えるのだが、評伝によると、母親がある疾患を医者である伯父に治してもらいなさいと言われたそうなのだ。やなせは恥ずかしいから早く治そうと思ったという微笑ましい逸話がある。詩は現実とは違うのだ。それはそうで、だからこそ詩なのである。
参照
※ https://realsound.jp/movie/2025/04/post-2003000.html
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、細田佳央太、高橋文哉、中沢元紀、大森元貴、志田彩良、二宮和也、瀧内公美、山寺宏一、戸田菜穂、浅田美代子、吉田鋼太郎、竹野内豊、阿部サダヲ、妻夫木聡、松嶋菜々子
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK






















