イーロン・マスクらによるSNSでの騒動も 傑作ドラマ『アドレセンス』の魅力とテーマ解説

『アドレセンス』の騒動と魅力を解説

 Netflixで配信リリースされた、イギリス発のリミテッドシリーズ『アドレセンス』(全4話)は、圧倒的な撮影技術に加え、高い演出力と俳優陣の演技力が存分に発揮された傑作ドラマとして、世界中で大きな話題となった。

 だが、それだけでなく『アドレセンス』は、その内容が起点となり、SNSで騒動を生むことにもなった作品でもある。ここでは、そんな驚くべき本作『アドレセンス』を振り返りながら、騒動の詳細とともに、その魅力やテーマを明らかにしていきたい。

※本記事では、ドラマシリーズ『アドレセンス』の物語における重要な展開を明かしています。未鑑賞の方はお気をつけください。

 本シリーズで描かれるのは、13歳の少年にかけられた、ナイフによる刺殺事件の容疑を取り巻く人間ドラマだ。武装した警官たちが、早朝に容疑者・ジェイミー(オーウェン・クーパー)の住むミラー家の住宅に突入し、容疑者の確保と強制捜査を開始するところから、物語が始まる。第1話は、あどけない印象のジェイミーが警察署へと連行され、家族が突然の事態に戸惑う様子や、取り調べにおいて衝撃的な事実が明らかになるまでの過程が詳細に、かつスピーディーに描かれていく。

 驚かされるのは、1話全体がワンカット長回しで撮られているところ。カメラが縦横無尽に動き、一つの切れ目もなく、路上からミラー家、警察署までの流れを、なめらかに見せていくのだ。長回しは、一つの視点による時間が持続することで、観客、視聴者に、よりリアルな鑑賞体験を提供することができる。だがそれを可能にするためには、緻密な計画と、スタッフ、キャストたちによる周到な段取りが必要となることは、言うまでもない。

 撮影監督のマシュー・ルイスは、驚くことに、それぞれのエピソードそれぞれで正真正銘のワンカット撮影を実現したのだという。古くはアルフレッド・ヒッチコック監督が、同じようにサスペンス作品において全編ワンカット演出で描かれる『ロープ』(1948年)において、黒味を利用してカットを繋げていたり、サム・メンデス監督の『1917 命をかけた伝令』(2019年)でも、巧みに編集点を作って複数のカットを繋げていたことを考えると、ワンカットでシームレスに舞台となる場所を移動しながら、優れたシーンの連続を見せ切る作品が出てきたというのは、まさに驚異的だといえよう。(※)

 大勢の学生が入り乱れる学校を舞台にした第2話のワンカットは圧巻だ。さまざまなキャスト、エキストラたちが、ミスなく演技を成立させていき、さらには追跡劇によって、車が走行する道路をダッシュで横断するという、難易度の高い撮影を成功させただけでも仰天してしまうのだが、終盤ではさらに、視点が上昇してカメラが上空を飛んでいるとしか思えない俯瞰による移動映像が炸裂。「一体、ワンカットでどうやって撮っているんだ?」と、誰もが混乱せずにはいられないだろう演出が見られるのである。

 この飛翔シーンは、ドローンの飛行による撮影であることは、多くの視聴者が納得してするだろうが、問題は、どうやって手持ちで撮影中のカメラにドローンを装着して飛ばすことができたのか、という点である。どう考えても、そこでカメラが揺れて、切り替わりが分かってしまうはずなのである。撮影監督マシュー・ルイスは、このような難易度の高い箇所や、手持ちカメラにもかかわらず全体をスムーズに撮影できた理由を、カメラ自体の進化だと明かしている。

 本作で使用されたオールインワン・カメラ「DJI Ronin 4D」は、軽量なボディに魅力的や映像を生み出すためのさまざまな機能が備わっているだけでなく、カメラや撮影機材の揺れを防ぐ「ジンバル」という機構に最新鋭の技術が使われているのだという。電子制御されたセンサーとモーターにより、映像を4つの軸で安定させることで、手持ちで歩きながら撮影したとしても、まるでドリー撮影(台車に乗せてスムーズに移動しながら撮る手法)かのような映像に仕上がるということだ。これにより、高い映像の質を保ちながら数々の移動をなめらかに成功させ、手持ちからドローンへの載せ換えも自然におこなえたと考えられる。

 こういった技術革新による映像の進化や、それを利用した、難易度の高い緻密な撮影計画を達成させたことだけでも、十分に賞賛することができるのだが、本シリーズが素晴らしいのは、この制約まみれの手法が、この物語を伝える上で効果的であるという点である。

 カオスといえるほどの膨大な不確定要素が待ち構えるなかで、大きな空間を縦横無尽に動き回り、視聴者の度肝を抜いた第2話。それに続く第3話は、打って変わって、狭い空間での長回しワンカットとなる。しかし、だからといって簡単な撮影なわけではない。容疑者の少年ジェイミーと心理療法士ブライオニー(エリン・ドハーティ)の対話が中心に描かれる、このエピソードは、視聴者を魅了させる演技力が必要となるのだ。

 ここで賞賛するべきは、やはりオーウェン・クーパーの演技だろう。彼はここで、一見すると物静かで賢い少年のなかにある、コンプレックスや支配欲、幼児性や虚栄心など、さまざまな感情を巧みに表現し、俳優デビュー作とは到底信じられないパフォーマンスを披露している。この天才的な一連の演技を捉えた長回しが、ジェイミーの動機をミステリーの謎を解き明かすように物語るのである。

 ここで長回しにより生まれているのは、緊張感ある空気と時間のリアリティと、カットによって省略されない感情の伝達である。この濃密さ、贅沢な時間の使い方が、観客の心を強く揺さぶり、少年の変化や、激昂によるブライオニーの動揺を、観客も追体験することになる。そしてジェイミーの犯行には、その内面に潜んでいる、男性上位的な価値観と、女性への憎悪が関係していたことが、理屈だけでなく感覚として理解できるのだ。

 しかしなぜ、まだあどけない少年が、これほどまでに屈折した内面を作りあげてしまったのか。これを解く鍵となるのが、主に第2話と第4話だ。2話で描かれたのは、学校における力関係だ。ジェイミーは頭脳は優秀だが、体が小さく運動は苦手で、社交的に優れているタイプでもないようだ。この年頃だと、同年代の女子たちの恋愛対象にはなりにくいかもしれない。

 とはいえ、そもそもこの歳で恋愛関係になる学生自体が、ごくわずかだと考えられる。13歳のジェイミーは、まだまだこれからだろう。それ以前に、恋愛や結婚が人生の全てというわけでもないはずだ。しかし彼は、好意を抱いている同級生の女子に「インセル(非モテ)」を表す「レッドピル」の絵文字をSNSに送られたことで深く傷つき、さらに拒絶されたことで、凶悪な行動に出てしまう。

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