『HERE 時を超えて』圧巻の“時間芸術” 原作版の“空間”配置はどう映像化されたのか?

『HERE 時を超えて』圧巻の“時間芸術”

 一方、本作『HERE 時を超えて』は、ある家のリビングというひとつの場所に定点を置いて、1940年代からそこに住み始めた一家の長い歴史の物語に時折その過去・未来に暮らす他の人々の生活が、グラフィックノベル版同様コンピュータのウィンドウ風に挿入されてゆく。物語の基本的な筋立て上、家に一番長く暮らすトム・ハンクスとロビン・ライトの描写に大きなウェイトが置かれてはいるが、マンガ版に寄せた夏目房之介の文言を用いれば、やはり本作も「人ではなく場所が主人公の」映画なのだ(『ダ・ヴィンチ』2018年1月号)。ただし、あくまで空間芸術であるマグワイアの原作版に比べて時間芸術である映画の特性を最大限生かし、もともとのグラフィカルな空間造形の高さとは違う点に力を入れているのが本作の特色である。原作では1つの場所の悠久の変化を「空間」的に並置するところにその独創的な達成があったが、映画はあくまでも歴史を物語ろうとする「時間」への志向をくっきりと打ち出してやはり見事な翻案となった。

 ところで、映画とは大きく分ければ2種類に分類することのできる芸術だ。画面が絵画のようにそれ自体として単体で完結した世界像を提示している場合と、常に外の世界を余白として想像させる、あくまでマスクのような覆いとしての場合の2つ。この点から見たとき、本作『HERE 時を超えて』はいささか逆説的な映画のように思われるのではないか。

 ここでの定点カメラのような画面は、一見これしかないという完璧に選び抜かれた視点から部屋全体を映し出してそれ自体見事に完結している。トム・ハンクス演じるリチャードは若い頃日曜画家をしていて、このリビングを絵筆で再現しようとしていたのも象徴的だ。

 その一方、この映画において重要な出来事は時に画面の外で起こり、私たちはそれを漏れ聞こえる音声から認識するほかない。この画面の外にも世界はたしかに存在し、カメラが映し出しているのはあくまで一つの視点にすぎないのだということをまざまざと浮かび上がらせたのも、マグワイア版にはないこの映画の特色と言えるだろう。この世界の広がりが直接的に浮かび上がってくるラストの処理にも驚くほかない。必見の名場面だ。

■公開情報
『HERE 時を越えて』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
出演:トム・ハンクス、ロビン・ライト、ポール・ベタニー、ケリー・ライリー、ミシェル・ドッカリー
監督:ロバート・ゼメキス 
原作:リチャード・マグワイア
脚本:エリック・ロス&ロバート・ゼメキス
提供:木下グループ 
配給:キノフィルムズ 
2024年/アメリカ/英語/104分/カラー/5.1ch/ビスタ/原題:Here/字幕翻訳:チオキ真理/G
©2024 Miramax Distribution Services, LLC. All Rights Reserved.
公式サイト:here-movie.jp
公式X(旧Twitter):@HERE_movie0404

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