『ナタ 魔童の大暴れ』日本での緊急公開はなぜ実現したのか? 配給担当が明かす裏事情

中国のアニメ映画『ナタ 魔童の大暴れ』が、世界のアニメ映画史上歴代1位の興行収入を記録。近年の中国アニメの盛り上がりを決定づける作品となった。
本作の日本への配給を担当したのは、面白映画株式会社。過去には『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来』や『ヨウゼン』なども配給している企業だ。急遽実現した日本語字幕版の公開(4月4日公開)はいかにして成立したのか。また、中国国内に留まらない、グローバルなムーブメント醸成にはどんな課題があるのか。面白映画取締役の安陽が思いを明かした。
『ナタ 魔童の大暴れ』の日本向け配給が実現した経緯

——『ナタ 魔童の大暴れ』を日本向けに配給することになった経緯を聞かせてください。
安陽(以下、安):面白映画はずっと中国の映画を日本で配給してきたので、立場的にやらないわけにはいかない案件でした。『羅小黒戦記』から『白蛇:縁起』、『雄獅少年/ライオン少年』や3月に公開された『ヨウゼン』も含めて、いろいろな中国映画を日本向けに配給してきました。前作にあたる『ナタ 魔童降臨』が2019年当時としてはアニメ映画で初めて興行収入50億元、日本円で言うと約1000億円を超えましたが、本当は前作も配給したかったんです。でも当時は会社がまだ小さくて実現せず、じわじわと実績を重ねるなかでようやく今回の配給に至りました。本当はうちとは別に配給会社が先に契約されていたという裏話があるんですが、諸事情で最終的に弊社が担当することになりました。そういう時期的な問題もあって、2月25日にようやく契約が結ばれて、そこから急ピッチで決まりました。

——日本での公開が4月4日なので、ものすごいスケジュールですね。
安:中国と日本では配給体制がずいぶん違うんですね。通常日本で配給する際には、映画を制作して、劇場にブッキングして、だいたい公開より半年前から徐々に情報解禁して……というふうに先々の公開日から逆算してスケジュールが決まります。でも中国では、だいたいの公開時期を決めたらすぐ配給の調整をするんです。ビッグタイトルでも公開の2週間前に決まるなんてこともざらにあって、劇場側もコロコロ上映作品が変わってもすぐ対応できる体制が整っています。だから中国映画の配給が決まっても「じゃあ再来週から公開したいです」といっても日本の体制的にはまず無理ですよね。だから我々のやり方は、中国から配給作品を頂いたら、まずはすごい小規模で1館か2館だけで先行上映して、それから本公開をいつにするか劇場に相談するかたちを取っていました。小規模での先行上映を「電影祭」と呼んでいますが、そこから徐々に口コミを広げていって、大手の会社から一緒に配給しませんかとお声がけいただくかたちで運用してきました。ただこのやり方には問題もあって、まずは在日の中国人を動員したいのに、日本での本公開が実現するときにはすでに中国本土の上映から半年経っているなんて状況になってしまうんです。しかも中国の映画は公開が終わるとすぐ配信プラットフォームに流れてしまう。
——『ナタ 魔童の大暴れ』は中国での公開から日本公開までそこまで時間をかけずに済みましたね。
安:2024年の『抓娃娃(じゅあわわ) ー後継者養成計画ー』での実績があってのことだと思います。本作は興収30億元(約600億円)を記録したコメディ映画で、すごい大作なので初めて中国と日本で同時上映をすることになりました。とはいえ日本では1カ月くらいは遅れてしまったのですが、少なくとも配信サイトにはまだ流れていない時期ですね。当時は新宿シネマートの1館だけで上映しましたが、1カ月で5000人くらい、最終的には2館上映になってさらに5000人動員できました。また、『封神・激闘!燃える西岐攻防戦』の中国公開は1月29日ですが、それにあわせて日本でも2月28日に前作の『封神・妖姫とキングダムの動乱』が、3月7日には『激闘!燃える西岐攻防戦』も公開されました。こういう同時上映の実績があって今回の『ナタ 魔童の大暴れ』も契約できました。中国の公開から1カ月後の3月14日からは日本で中国語版を上映していて、最終的に50館近くで公開されました。
『ナタ 魔童の大暴れ』から広がる中国神話IPの可能性

——日本向けのプロモーションとして工夫したことはありますか?
安:本作は続編ではあるもののストーリー的には独立しています。ただ、キャラクターの関係性や背景には説明が必要かなと思っています。日本語字幕を作るにしても、神話の翻訳となると専門の翻訳家でも難しいんです。そこで翻訳も数パターンを作っていて、その中でアクションRPGゲーム『黒神話:悟空』の翻訳を担当した壇上先生を起用しました。翻訳する際に分かりづらい単語、たとえば作中の呪文が登場するときには単に日本の読み方を記載するだけではなく、その呪文の説明文も画面に入っているんです。あとは宣伝のミラクルヴォイスさんの方々に最初に観ていただき、あるいは試写会でのアンケートを踏まえつつ、日本人の方にとってわかりにくい背景を探りながらキャラクターの相関図を作ったりしました。
『ナタ 魔童の大暴れ』人物相関図&本予告公開 ナタの家族や師匠、敵の勢力図が明らかに
4月4日より全国公開される『ナタ 魔童の大暴れ』の本予告と人物相関図が公開された。 2025年春節の中国での上映が始まると瞬…
——『ナタ』の物語は『封神演義』の世界観ですよね。
安:本作は『封神演義』を軸としながらもオリジナルストーリーがかなり含まれています。日本の方にとってはもちろん、中国人にとっても新鮮な設定なんです。単純に悪と戦うだけではなく、各々の立場が抱える事情のもと戦いが生まれる構造になっていて、今までの中国のアニメ映画では『ナタ 魔童の大暴れ』ほど物語に深みのある作品は少なかったと思います。

——正義の複数性やその自明性を問うような物語は、とくに21世紀になってからハリウッド大作や日本国内のフィクションでも当たり前になりつつあると思います。中国のフィクションでもそのような時代感覚が共有されているのでしょうか?
安:私は1988年生まれですが、小説がそういうテーマを描いているのは我々が子供の頃もたまに見かけていました。でもアニメといえば当時は本当に子供向けのものとしか思われていなくて。『黒神話:悟空』や『ナタ 魔童降臨』のヒットがあってから、アニメは決して子供だけが楽しむものではなく、大人にとっても深い物語なんだというふうにイメージを一転させました。日本はアニメ大国として早々にこの革命を起こしていたと思いますが、中国でも『ナタ 魔童降臨』を機に「これが中国のアニメ映画元年になる」と盛り上がりはじめていて、実際その後にいい作品がどんどん出てきています。