『ANORA アノーラ』は“ハッピーエンド”なのか? 光と影の“対等”な2人を読み解く

イゴールは、アノーラにとって、初めて手に入れた本当の意味で「対等」な存在なのではないか。最初こそ力で彼女を抑えつけようとしたイゴールは、後にそうなってしまった理由の1つとして互いに「クレイジーすぎるから」だと言った。煙草を分け合い、「参った」と笑い合う2人。解釈の分かれるラストシーンを、私はかつて彼女がイヴァンとともにいた時に弾けた、彼女の噛んだガムの膨らみと対比できるものとして考える。

アノーラが、イヴァンと初めて会った日、ストリップダンサーである彼女のサービスによって盛り上がっているイヴァンに対し、彼女は戯れにガムを膨らましていた。その風船がパチンと弾ける様子は、そこが刹那的な快楽を消費する空間であることを示すだけでなく、彼女は彼と正面から向き合わないことで、サービスを受ける側と与える側の間に生じてしまう対等でなさを自ら是正していると思った。ちなみに、彼女は「出張サービス」として彼の家に訪ねる時もガムを噛んでいた。
一方、ラストシーンにおいて、別れ際にイゴールから思わぬプレゼントを受け取ったアノーラは、感謝の気持ちを同様のサービスで返そうとする。でもそこにあるのは、パチンと弾けて消えるガムの風船の儚さではなく、人と人の身体が重なり合うことで生じる物理的な重みなのだ。その重みがもたらす感情は、わざわざ言葉にしなくても、観客の心の中に、愛の記憶として残っているものを各々引っ張り出せばいい。果たしてそれが真実の愛かどうかは分からないが、そう錯覚させるだけの何かはあって、その錯覚は、人を前に進ませる原動力にはなる。とはいえ、イゴールの存在が彼女にとって、イヴァンとの結婚に代わるおとぎ話のハッピーエンドかと言うとそうではないと思う。むしろ、「これから始まる」予感に終わるということが、現代を生きる私たちにとって最高のハッピーエンドなのだ。
■公開情報
『ANORA アノーラ』
全国公開中
出演:マイキー・マディソン、マーク・エイデルシュテイン、ユーリー・ボリソフ、カレン・カラグリアン、ヴァチェ・トヴマシアン
監督・脚本・編集:ショーン・ベイカー
製作:ショーン・ベイカー、アレックス・ココ、サマンサ・クァン
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
2024年/アメリカ/カラー/シネスコ/5.1ch/138分/英語・ロシア語
©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures
公式サイト:anora.jp
公式X(旧Twitter):@anora_jp






















