『ノー・アザー・ランド』が切り取った驚くべきパレスチナの現実 世に与えた影響を考える

本作は、イスラエル側が土地を奪うことへの法的根拠となった訴訟の様子も紹介している。最高裁判所でパレスチナ人たちが、この問題について原告として異議を申し立てたが、C地区ではあくまでイスラエル側の法律が基準となる。裁判官が全員イスラエル人という環境下で、土地の没収や家屋破壊が合法的だという判決が出たのである。村を破壊されるマサーフェル・ヤッタの住民は、合法だとして作業を進めるイスラエル軍に対して、「あんたたちの持ってきた法だろ!」と怒りを表すのである。
留意しておきたいのは、この裁判所の法的判断は、戦時国際法であるジュネーヴ条約の占領下での住民保護に違反していると、国際社会から批判を浴びているという点だ。つまりイスラエルの最高裁は、国際法を無視するかたちで土地を収奪できるという判決に至ったのである。どう贔屓目に見ても、国際的にイスラエルのやり方に問題があることは明白だといえる。
ロシアが2022年にウクライナ侵攻を始めた際も、 「キエフはロシア起源であり、ウクライナは歴史的にロシアの一部」であると主張し、過去の支配を根拠にしてプーチン大統領は軍事行為を正当化している。昔の統治の事実を持ち出して領土を要求したり、現在の住民の権利や国際法を無視して武力で押し通す姿勢というのは、イスラエルによるパレスチナの土地の収奪行為と、基本的に共通しているところがあると考えられる。この論理を認めてしまえば、どの国や民族も、過去の一時代の支配を理由に、他国を軍事侵攻できるということになってしまう。
住環境や産業を奪われるパレスチナ人からすれば、この理不尽な状況に抗議せざるを得ないのは当然のことだ。しかし現実的に、抵抗には逮捕や暴行、射殺などの危険がつきまとう。国連や国際社会は、強硬な姿勢をとるイスラエルの動きを批判しつつも、抜本的な対策をとることができずにいる。映像で告発を続けながらも一向に状況が変わらないなか、バーセルやユヴァルが無力感にとらわれる姿が、本作で度々映し出される。彼らに共感し、イスラエルの暴挙に憤りをおぼえるだろう観客もまた、同じように世界規模のパワーゲームのなかで何もできない無力感を感じることになるのではないか。
そして本作の終盤で触れられるように、2023年10月、イスラエルのガザ侵攻という、最悪の事態が起こる。双方に火種はあったものの、イスラム組織ハマスを「テロ目標」と定め攻撃するとしたイスラエルが、子どもを含む民間人までをも多数殺傷する状況が生まれたことは周知のとおりだ。そして無期限停戦が発表された後も、民間人が殺され続けている状況は変わらない。パレスチナ人の状況は、本作の内容から、さらに著しく悪化したといえるのである。
われわれ観客が、土地を奪われ命を奪われるパレスチナ人の苦境に対して直接的にできることは、あまりないのかもしれない。しかし、まず事態を知ることから始めなくては、改善に向けての可能性は何も生まれないというのも確かなことだ。その意味で、パレスチナの地で何がおこなわれているのか、そして何が起こっているのかを、被害を受ける人々の目から映し出す本作は、真にいま観るべき、意義のある内容だといえるのだ。
絶望ばかりが映し出される本作における、ささやかな希望の一つは、イスラエルのユダヤ人でありながら、バーセルの活動を助けるユヴァルの存在だ。彼は、ユダヤ人入植者たちに罵倒され、ときに現地のアラブ人からの怨嗟の対象となりつつも、信念を貫いているのである。立場が違ったとしても、間違っていることは間違っているのだと、不公正な現状を指摘し続ける姿勢は、尊敬に値する。
しかし、作中で彼がイスラエル人らしき傲慢な人物から、「敵を助けるユダヤ人か! SNSで晒せば叩かれるだろうな」と、逆にスマートフォンのカメラを向けられるシーンは、わずかな希望にも影を落とす。実際、映画の公開後、ベルリン映画祭での受賞スピーチをきっかけに、ユヴァルはイスラエル国内のシオニストなどから激しいバッシングを受け、SNS上で「反ユダヤ」などと罵られるとともに殺害予告まで受けることとなった。それは、作中の心ない言葉が現実のものとなってしまったことを意味する。(※)
本作の内容を受けて、日本の観客は、困窮し危険にさらされているパレスチナの人々に思いを馳せることだろう。そうであるのなら、同時に日本国内においても、外国人、移民差別が発生している状況にも意識を払うことが必要になってくるのではないか。パレスチナで起きているイスラエルの排外的な行為は、かたちを変えて日本でも起こっているといえるのである。
本作自体が、複数のイスラエル人の協力のもとに作られているように、イスラエルの人々、イスラエルを支援しているアメリカに住むユダヤ人たちのなかにも、現在のイスラエルの軍事行動や土地の収奪を問題視している人々は少なくない。本作の存在や受賞を、そういう勇気ある人々による支援を広げる助けにすることはもちろん重要なことだ。そして一方で、それぞれの国の不公正な状況に光をあてるきっかけにしていくことも必要なことではないだろうか。本作『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』は、パレスチナ人たちの現在進行形の窮状とともに、世界で見過ごされるさまざまな不公正に立ち向かう勇気や、立場の異なる人々を思いやる寛容の心をも教えてくれるのである。
参照
※ https://edition.cnn.com/2024/02/28/style/yuval-abraham-berlin-film-festival/
■公開情報
『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』
全国公開中
監督:バーセル・アドラー、ユヴァル・アブラハーム、ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール
配給:トランスフォーマー
2024年/ノルウェー、パレスチナ/アラビア語、ヘブライ語、英語/5.1ch/95分/原題:No Other Land/日本語字幕:額賀深雪
©2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA
公式サイト:https://transformer.co.jp/m/nootherland/
公式X(旧Twitter):@nootherland_jp

























