『フィールド・オブ・ドリームス』『マネーボール』など 映画から学ぶメジャーリーグ事情

『さよならゲーム』(1988年)/マイナーリーグ
前述のとおり、資金力が乏しいスモールマーケットのチームは戦力の確保については育成が主軸になる。その選手を育成する組織がマイナーリーグである。元マイナーリーガーのロン・シェルトンが監督・脚本を担当した『さよならゲーム』はマイナーリーグのチームを舞台にしている。マイナーリーグは日本のプロ野球でいう二軍、三軍にあたるが組織構造にはかなり大きな違いがある。
まず、階層構造に大きな差がある。日本では一軍の下は二軍までか、あっても三軍までだがマイナーリーグは上から順に5段階の階層構造になっている。
Triple-A / AAA (トリプルA)
Double-A / AA (ダブルA)
High A / A+ (ハイA)
Single-A / A (シングルA)
R / ROK (ルーキー)
最下層は三軍どころか、六軍である。ここにドラフト指名(アメリカ、カナダ、プエルトリコでプレーするアマチュア選手が対象)された選手、アマチュアフリーエージェント(非ドラフト対象国のアマチュア選手)の選手が突っ込まれるのだ。想像を絶する競争の激しさである。『さよならゲーム』に登場するダーラム・ブルズは実在のチームで、映画が公開された1988年当時、シングルAだった。
日本の二軍戦(イースタン・リーグとウエスタン・リーグ)に参加するのは、オイシックス新潟アルビレックスとくふうハヤテベンチャーズ静岡を除いてすべて一軍のリーグ(セントラル・リーグとパシフィック・リーグ)に参加している球団の二軍チームである。一軍と二軍は同じ組織のトップチームと下部組織であり、一軍選手も二軍選手も同じユニフォームを着る。それに対して、メジャーリーグの球団とマイナーリーグの球団は人材供給の契約を交わした別チームである。そのため、メジャーリーグの球団の契約した選手はマイナーリーグのチームに「派遣される」という形を取る。違うチームなので、もちろんメジャーリーグのチームと傘下マイナーリーグのチームではユニフォームのチーム名も背番号も違う。日本では一軍も三軍も同じ日本プロ野球機構に属するチームだが、アメリカの場合はマイナーリーグの競走を勝ち抜き、メジャーに昇格することではじめて「メジャーリーグ」のチームでプレーしたことになるのだ。違うチームなので、マイナーリーグのチームは「移籍」をすることがある。ダーラム・ブルズは『さよならゲーム』の当時はアトランタ・ブレーブス傘下のシングルA級に属していたが、その後「移籍」し、現在はタンパベイ・レイズ傘下のトリプルA級に属している。
競走の厳しいマイナーリーグでは、ルーキーリーグでプレーをし始めたばかりの16歳の選手が適応できずに早々に契約解除などと言うことが日常茶飯事だ。マイナー選手の成績、契約状況はMLB.comで確認できるが、選手の昇格・降格も退団も頻繁に起きている。だが、稀に『さよならゲーム』の主人公クラッシュ・デービス(ケビン・コスナー)のようにMLBと無縁のままベテランになっても、マイナーリーグでプレーし続ける選手がいる。近年、話題になったのが2023年にピッツバーグ・パイレーツで33歳にしてメジャー初昇格を果たしたドリュー・マジーだ。マジーがパイレーツと契約したのは2010年なので、キャリア13年にして初のメジャー昇格である。『さよならゲーム』のクラッシュはプロ歴12年の設定だったが、マジーの方が僅差で「先輩」である。
『ミリオンダラー・アーム』(2014年)/国際戦略
全米の4大スポーツで最も国際化に成功したのはバスケットボールだろう。2023-24シーズンのNBAの開幕ロスターには40カ国を代表する125人のアメリカ国外出身選手が登録された。恐らくは世界で最もグローバルなチームスポーツであろうサッカーの場合、イングリッシュプレミアリーグで今までにプレーした選手の出身地は100を優に超える。日本代表の遠藤航が所属するリヴァプールFCは15カ国の出身者で構成される多国籍軍である。
野球は人気のある地域が北中米、南米の一部の国、東アジアに限定されるためサッカー、バスケの多様性には程遠いがMLBのチームは1チームの例外もなく多国籍軍である。2022年現地9月15日(日本時間9月16日)に行われた、タンパベイ・レイズVSトロント・ブルージェイズの試合で、レイズのスターティングメンバーにアメリカ合衆国出身の選手は一人もいなかった。ただし、この日のスターティングメンバーは全員がラテンアメリカ諸国の出身であり、そういった意味でも野球の「多様性」の限界を示すラインナップだった。MLBの2024年シーズン開幕時、ロスターに登録された選手の出身地は計19カ国に過ぎなかった。NBAの半分以下であり、1チームに過ぎないリヴァプールと大差ない数である。
だが、それはMLBが国際化に消極的であるという意味ではない。アメリカスポーツ界の激しい競争を勝ち抜くためにも、国際化の戦略は重要であり野球マイナー国からもメジャーリーガーが誕生することはある。昨年(2024年)であれば、マックス・ケプラー(ドイツ出身)が105試合に出場した。すでにレギュラーに定着しているケプラーは2019年にヨーロッパ出身選手の新記録となる36本塁打を記録している。日本の広島カープでも短期間プレーしたテイラー・スコットもマイナー国の出身者だ。南アフリカ共和国出身のスコットは2024年シーズン、62試合に登板し防御率2.23を記録している。
『ミリオンダラー・アーム』は野球マイナー国のインドで二人のインド人投手を発掘した実話に基づいている。スポーツエージェントのJB・バーンスタインが発掘したリンク・シンとディネシュ・パテルはMLBに昇格できず引退したが、近年のMLBにおいて野球マイナー国出身の選手は増加傾向にある。昨年はサミュエル・アルデゲリがイタリア出身の投手としては初となるMLB昇格を果たしている。WBCもMLBが国際化戦略の一環として開始したイベントであり、国際化は既定路線なのである。
『マネーボール』(2011年)/セイバーメトリクス
映画『マネーボール』の主人公で、アスレチックスのGMだったビリー・ビーン(現・オーナー付シニアアドバイザー)は多くの人にとって聞きなれない言葉であろう「セイバーメトリクス」の重要性を示した代表的存在だ。映画は実話を基にした劇映画であり、事実とかなり異なる要素が含まれている。セイバーメトリクスで示される要素の一部分しか描かれていないが、エッセンスは知ることができる。
考案者であるビル・ジェームズは打率、勝利数などの旧来の指標の価値を見直し、新たな評価方法を生み出した。その一つが劇中でしきりに強調されていた「出塁率の重視」である。中心人物の一人として描かれたスコット・ハッテバーグは実在選手だが、打撃三部門のタイトルともオールスターゲームとも無縁の地味な選手だった。だが、選球眼が良く四球を多く選ぶため、打率に比べて出塁率がかなり高かった。四球は安打ほど重要視されていなかったが、インプレーでアウトになることなく確実に一塁に行けるためセイバーメトリクスでは重視された。また、シングルヒットよりも長打の方が得点効率がいいためセイバーメトリクスでは長打率も重視される。今では長打率と出塁率を合計したOPSの方が、打率よりもチームとの総得点数の相関関係が強いことがはっきりとわかっている。アメリカの放送局が制作した野球中継を見るとわかるが、選手の紹介の際に打率、本塁打、打点の旧来指標に加えてOPSも表示するのが今では定着している。現実では前任のGMだったサンディ・アルダーソンがビーンに先んじてセイバーメトリクスを導入していたのだが、チームが爆発的な好成績(シーズン100勝)を達成したのはビーンの代で、「成功を収めた」という点でビーンの実績は重要だ。
元選手だったビーンは、「スカウトから高評価を受けた自分が成功しなかったのは従来のスカウト方法に問題があったからなのではないか?」との考えに至りこの方法にたどり着いた。その根本にあるのは「データによる客観視」である。クリント・イーストウッド演じるベテランスカウトが主人公の『人生の特等席』(2012年)で描かれた、主観的なスカウティングとは対極の野球観を示している。
セイバーメトリクスは投球、守備、走塁にも導入され様々な指標が生み出されているがそれらを紹介すると書籍が一冊完成してしまう。データ分析はアマチュアにも愛好家が数多存在するので、興味がおありの方はネットや書籍で調べていただきたい。わが国ではお股ニキがその代表格で、彼の分析は書籍やネットで数多く見ることができる。組織単位であれば株式会社DELTAが代表格で、DELTA社も多くの情報を発信している。映画の原作となったマイケル・ルイスのノンフィクションにもかなり詳しく書かれているので、気になる方はご参照いただきたい。
最後に日本人には特に気になる方も多いかもしれないので付け加えておくと、大谷翔平はセイバーメトリクスの評価でも群を抜いて優れたプレーヤーである。満票MVP2回は伊達ではない。現代MLBで最強の総合力を持つ選手は大谷とアーロン・ジャッジが2大巨頭だろう。どう優れているのか語るとコラムがもう一本書けてしまうので、これ以上は自粛しておく。





















