『天久鷹央の推理カルテ』“医療ミステリ”の映像化はなぜ成功した? ジャンル的問題の解決

『天久鷹央』の映像化はなぜ成功したのか?

心を閉ざした将也の内心を反映した記号表現(『映画 聲の形』)

 このように、アニメにおける「記号」という要素は現実では描けない(あるいは非常に描きづらい)感情・感覚・風景といった要素を疑似的に視聴者に伝えることができる。

 実写作品もCGなどの編集技術を通して映像を加工することは可能だが、それでも視聴者が没入する世界は現実のものと同位相のリアリズムを共有しており、「まんが・アニメ的リアリズム」のような現実と独立した世界観を持たない。

 これを踏まえて、Karte3(第三話)冒頭のシーンを例に取ろう。なお以下の段落のみ内容に触れるため、未視聴の方はネタバレに注意されたい。

 オープニングの前に流れる僅か百秒ほどのこのシーンの間に繰り返し強調するように映され、あるいはダイアローグの中で言及された要素を抽出すると、受験勉強(英語の問題、真冬のセリフ)、恋人との破局(復縁を迫る旨の通知、むっとした反応)、「呪いの動画」の性質(明滅する光のパターン、動画の噂、真冬の茫然自失とした反応)、といったものが見て取れる。これらにもアニメ的な「記号」が頻繁に利用されており、つまり「画面の上にあるもの以上の何かを伝えようとしている」ということが分かる。これらの要素から既に受験勉強や恋愛関係から真冬が強いストレスを感じていること、「呪いの動画」が複雑でサイケデリックな光のパターンを映し、それが二人のうち真冬にのみ作用していることが分かるし、勘が鋭ければそれだけで結論(強いストレス+光のパターン=てんかん発作)を推測することも可能だ。

ハイライトがないことや画面のピンボケなどの表現から真冬が意識に変調をきたしていることが察される(Karte3)

 このたった3分ほどのシーンから分かるように、実のところ、謎を解くのに必要な手がかりは必ず全て早い段階で登場しているし、しかも意識のうちにとどまるよう記号的表現などを通して何らかの形で強調されてもいるのだ。先に引用した恐山氏の言葉を借りると「読者が知らない知識」は出てきても「読者の知らない手がかり」は絶対に出てこないようになっている。

 だけれども当然、露骨すぎても面白くない。天久鷹央や小鳥遊優が「これは手がかりになりそうだ」「これはこういうことではないか」というふうなことをいちいち言ってしまっては、推理を通して積極的にアニメと関係しようという気概も削がれるし、真相を解明するときの爽快感がない。だからパズルを完成させるのに必要なパーツという手がかりは作画や撮影処理などにおける工夫で迂遠に提示しつつ、その組み立て方=真相解明の道筋は最後のシーンまで与えない絶妙なバランスが何よりも重要となるのだ。

 手がかりをそれと分かるように示し、形式上アンフェアな媒体の制約下でフェアであろうと工夫を凝らすことによって、『あめく』という医療ミステリは逆説的に自身を正しくミステリたらしめているといえるのである。

まとめ

 『あめく』において天久鷹央=医者=探偵が視聴者と異なり特権的であるといえるのは、ただ専門家ゆえにひとつの要素を瞬時に別の要素を結びつけられる、という点においてのみだ。前提条件が同じで結論が他にありえないよう注意深く構成されていることから、視聴者も積極的に手がかりを拾おうとさえすれば、あとはそれらの要素を軽く調べたり組み合わせたりするだけで同じ結論に辿り着けるようになっている。

 小説だと一度だけ書いてしまえば「手がかり」ということにできてしまうものも、アニメにおいてフェアであるためには必ずしも言葉に限らない方法/表現で強調する必要がある。だからといって手がかりを露骨に言明する訳にもいかないから、必然的に視聴者の注意力が試される。これは大事そうだな、という要素を常にキャッチしなければならないことで、本来一方向的、受動的であるはずのアニメというメディアにわれわれ視聴者は積極的に関わっていくことになる。

 この双方向性にこそ、「医療ミステリ」という微妙で難しい立ち位置のジャンルを乗りこなすアニメ版『あめく』のミステリとしての面白さが伺える──それこそが本作の真価なのである。

 整理すると、本作では診断というプロセスが最初から探偵の手法をなぞっているし、医療と推理のパラレルはロジックの面で完全に一致するように構成されている。だからこそ、天久鷹央や小鳥遊優ら本作の主人公たちは単なる医者ではなく、治療よりも診断を主業務とする「統括診断部」という肩書で登場する。ここに「論理」の面での工夫と成功がある。

 また、手がかりがぼかされていて、答えの出し方が不明瞭に見える医療ミステリもののジャンル的特性を踏まえ、『あめく』というアニメでは謎解きのための手がかりを視聴者とアニメとの関わり合いの中でしか分からないよう、記号表現などのメディア的特性を駆使してフェアな形で提示している。ここに「形式」の面での無矛盾と、再構成に際しての成功がある。

 だからこそ、『あめく』は原作小説の引き込まれる物語を引き継ぎつつも、ミステリとして異なる面白さをもった独立した作品としても魅力を放っている。アニメは執筆時点でまだクールの半分程度しか放映されていないため、今後の展開に期待したい。

参照
※1. https://bsky.app/profile/shinadayu.bsky.social/post/3lhprzgy7zc2x
※2. これらは多くの場合「探偵小説」を対象としているが、ここでは推理もののジャンル自体に対するものと理解する。

■放送情報
『天久鷹央の推理カルテ』
TOKYO MXほかにて、毎週水曜24:00〜順次放送・配信
キャスト:佐倉綾音、小野賢章、石見舞菜香、水樹奈々、立木文彦、諏訪部順一、平田広明、沢城みゆき
原作・脚本:知念実希人(実業之日本社文庫刊)
キャラクター原案:いとうのいぢ
監督:いわたかずや
シリーズ構成・脚本:杉澤悟
脚本:柿原優子
キャラクターデザイン:高品有桂
サブキャラクターデザイン:宮澤努、ヒラタリョウ、みき尾
プロップデザイン:秋篠日和
美術設定:SAKO
美術監督:李書九
色彩設計:横井未加
CGラインディレクター:濱村敏郎(ワイヤード)
撮影監督:大出高士(project No.9)
編集:渡邉千波(グラフィニカ)
音楽:fox capture plan
音響監督:濱野高年
音響効果:和田俊也(スワラ・プロ)
音響制作:マジックカプセル
医療監修:原田知幸
アニメーション制作:project No.9
オープニングテーマ:Aimer 「SCOPE」
エンディングテーマ:ゴスペラーズ「will be fine feat. Anly」
©知念実希人・いとうのいぢ/ストレートエッジ・天久鷹央の推理カルテ製作委員会
公式サイト:https://atdk-a.com
公式X(旧Twitter):https://x.com/Ameku_off

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