ロバート・デ・ニーロが元大統領役で熱演 『ゼロデイ』が直面することになった“大きな誤算”

『ゼロデイ』が直面した“大きな誤算”

 本シリーズにおける“ヴィラン”こと騒動の黒幕は、まさにそのような“民主主義の機能不全”や、市民の側が正気を無くしつつある事態に対して強権的な行動を起こすことによって秩序を保とうとする。そして、危機に際して情報をコントロールすることで、国民を操ろうとするのである。「ポスト・トゥルース」の時代に沿った取り組みなのかもしれないが、それは従来の独裁政権と何が違うのかという話にもなってくる。

 そんな政治の不正義に対してマレン元大統領は、大いなる犠牲を払いながら、最終的に透明化をはかる道を辿ろうとする。不正義や嘘の時代だからこそ、政治が正義の本道へと立ち返り、民主主義の重要性を指し示すのである。そういった判断は、政治の現場では、もはや一昔前の価値観になりつつのかもしれないが、彼の国民を信じる態度には心打たれるものがある。そういったヒーロー像を、ハリウッド映画のいくつかの時代を支えてきたデ・ニーロが演じているのは、非常に象徴的だといえよう。

 一方で、民主主義を本当に信じられるのかという、ヴィラン側の考え方にも納得してしまう部分もある。いかに誠実な政治家がクリーンな政策を進めようとしたり、市民の利益になる施策や公平な行政を実現させようとしても、分断を煽る政治家や悪質なインフルエンサーの差別的な言動だったりデマによる煽動の方が、分かりやすく効果をあげて人気を集めてしまうのだ。それではもう、真面目に市民のことを考えるのはバカバカしくなってしまうのも無理はない。市民が愚かなのであれば正しくコントロールしようという発想が生まれるのは、自然なことなのかもしれない。

 自身の生活を破壊してまで正義をなそうとするマレンの最終的な方針は、結局のところ国を滅ぼす結果に至る可能性もある。しかし、もしそうやって国が破滅するのだとすれば、その責任はマレンに決定権を託された国民、市民の側にある。ラストシーンにおいて、デ・ニーロが演じる元大統領が視線を投げかける先に存在するのは、アメリカの人々であり、同じ時代を生きるわれわれ視聴者なのである。

 と、通常なら、これできれいに収まる話なのだが、真の問題は、いまのアメリカ社会が果たしてそういった状況にあるのかという点にこそある。ドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領選に勝利し、再選を果たしたことで、本シリーズの内容は現実の社会から乖離してしまったのである。

 アンジェラ・バセットが演じている本シリーズの大統領は、トランプの対抗馬だったカマラ・ハリス氏のイメージに類似している。シリーズの制作はハリス氏出馬の前から始まっているため、それは偶然の一致であるのかもしれないが、少なくともトランプ氏の主張する「ハリス氏は合衆国で生まれていない」、「移民が犬を食べている」などのデマとハリス氏が闘わざるを得なかったように、ファクトを重視しながら課題を乗り越えようとする、ごく当たり前の姿勢が、ハリス氏と劇中の大統領の両者に共通しているのは間違いない。

 しかし現実において、国民の投票行動の結果によって選ばれたのは、陰謀論を利用して選挙戦を進め、「2021年アメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件」など、市民が暴走した直接的な原因を作ったドナルド・トランプ氏の方だった。それは、確かにアメリカの市民自身の選択だといえるのだが、これによってホワイトハウスが陰謀論の発信元となり国民をコントロールしようとする構図が、トランプ氏の最初の任期より際立ったかたちで実現してしまったのである。

 そうなってくると、少なくとも陰謀論という点においては、本シリーズで描いていたよりもアメリカ社会は、はるかに深刻な状況に陥っていると評価できる。もはや政府が国民を信じられるかという話ではなく、政府も国民も信じることが難しい時代に突入してしまったのだ。

 本シリーズは、社会が劣化している状態を、優れたリアリティで表現することがセンセーショナルな企画であったはずだ。しかし、現実はそれよりも厳しい状況に陥っている。これではむしろ、コメディ映画『26世紀青年』(原題:Idiocracy/2006年)描いた未来のディストピアの方が、より現状に沿った作品だといえるのではないか。反トランプを掲げているロバート・デ・ニーロを含め、ここまでの事態を、本シリーズのつくり手たちは想定できなかったのである。ゆえに、本シリーズの描いたテーマや葛藤は、もうすでに“高級”なものになってしまったのだ。

■配信情報
『ゼロデイ』
Netflixにて配信中
出演:ロバート・デ・ニーロ、ジェシー・プレモンス、リジー・キャプラン、コニー・ブリットン、ジョーン・アレン、ビル・キャンプ、ダン・スティーヴンス、ギャビー・ホフマン、マシュー・モディーン、アンジェラ・バセット
制作:エリック・ニューマン、ノア・オッペンハイム、マイケル・S・シュミット
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