『おむすび』不振の原因を分析 『虎に翼』が書き換えた“朝ドラ視聴者の構図”

朝ドラ『おむすび』不振の原因を分析

 視聴者側の変化も大きい。以前、筆者は『ちむどんどん』(2022年度前期)について「『ちむどんどん』はドラマ批評に一石を投じる 朝ドラファンという“解釈共同体”の影響」という一文を書いた(※)。平日朝の決まった時間帯に放送される朝ドラは、放送枠自体に固有のファン層を形成してきた。SNSを中心に、一定の見識を備えた人々によって投稿される感想や批評は作品の方向性にも影響を与える。作り手にとっては、ドラマの反響を知る上で無視できない存在になった。

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 作品の解釈や評価、イメージの拡散などやり方は様々だが、Web上の共同体は朝ドラの普及・宣伝、評価の定着に一定の役割を担ってきた。しかし、最近になって大きな変化が生じた。2024年度前期の『虎に翼』は、それまで視聴習慣のなかった層が新たに朝ドラを観始めた作品として位置付けられる。女性差別がまかり通る社会に「はて?」と疑問を投げかける主人公は同性の代弁者として支持を集めた。ギャル描写が不発だった『おむすび』と対照的である。

 多くの視聴者を獲得した『虎に翼』だが、そこには朝ドラを初めて観た新規層が一定数含まれる。筆者の観測範囲でもこれほどの流入は初めてだ。『虎に翼』はスピーディな展開と当事者性を強烈に喚起する作劇が特徴である。実社会の矛盾と戦う『虎に翼』に魅了されて朝ドラを観始めた視聴者は、『おむすび』の落差に拍子抜けしたことは容易に想像できる。

 断っておくと、同じ朝ドラでも『虎に翼』と『おむすび』は全く違う作品である。ラーメンに例えると、前者がうま味調味料を使った完成度の高い二郎系なら、後者は鶏ガラで出汁をとった昔ながらの醤油ラーメンである。どちらも一長一短がある。ただし、一度強い刺激に慣れると元の味に戻ることは難しい。

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 『虎に翼』は観る人に態度決定を迫る側面があり、従来の視聴者にもドラマの見方が変わった人はいたはずだ。『虎に翼』は朝ドラ視聴というゲームの構図を変えた。観る側の嗜好の変化も反映され、朝ドラ視聴者という集団内に伝統派と革新派が共存するのが現在の状況である。『おむすび』をめぐるネット上の言説はほぼ両派の争いと言っていい。

 歴代作品を観続けてきた伝統派は、朝ドラの見方についてリテラシーが形成されており、『おむすび』の制作意図を自分なりに咀嚼している。他方で、新しい価値観を求める革新派は『虎に翼』のような明確な主張を伴わない『おむすび』の世界観になじめず、マイナスの印象で入ったことで、どうしても粗が目に付いてしまう。失敗も含めて許容する前者が加点法なら、高い期待値を持って視聴する後者は減点法にあたるだろうか。

 『おむすび』の不運は『虎に翼』が先行したことで、順序が逆なら良作として評価されていた可能性がある。また、朝ドラでオリジナルの現代ものは苦戦する傾向にある。現代を舞台に6カ月という長丁場でヒロインの半生を描くドラマを成立させるには、『カムカムエヴリバディ』(2021年度後期)で3人のヒロインをリレーさせたくらいの工夫が必要かもしれない。

 変化する視聴者の嗜好を反映させることは、これまで以上に重要になるだろう。あらためて朝ドラと視聴者に明るい未来が訪れることを願うばかりだ。

参照
https://realsound.jp/movie/2022/09/post-1136502.html

■放送情報
連続テレビ小説『おむすび』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:橋本環奈、北村有起哉、麻生久美子、佐野勇斗、濱田マリ、中村アン、犬飼貴丈
語り:リリー・フランキー
主題歌:B'z「イルミネーション」
脚本:根本ノンジ
制作統括:宇佐川隆史、真鍋斎
プロデューサー:管原浩
写真提供=NHK

 

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