『いちばんすきな花』が描いた“みんな”の正体とは? 圧倒された脚本家・生方美久の構成力

『いちばんすきな花』生方美久の驚きの構成力

 木曜劇場(フジテレビ系木曜22時枠)で放送されていた連続ドラマ『いちばんすきな花』が最終回を迎えた。

 塾講師の潮ゆくえ(多部未華子)、出版社勤務の春木椿(松下洸平)、美容師の深雪夜々(今田美桜)、コンビニでアルバイトをしながらイラストレーターを目指す佐藤紅葉(神尾楓珠)は、椿の家の前で偶然出会って意気投合し、椿の家に頻繁に集まるようになっていく。

 脚本は2021年に第33回フジテレビヤングシナリオ大賞を受賞し、昨年、聴覚障がい者と聴者の恋愛を描いたドラマ『silent』(フジテレビ系)がヒットした生方美久。

 生方にとって2作目の連続ドラマとなる本作だったが、恋愛ドラマという軸がはっきりとあった『silent』に対して、物語の方向性がわかりにくかったため、初めは困惑しながら追いかけていた。

 4人は「2人組を作るのが苦手」という共通の悩みを抱えており、それぞれが抱える対人関係における小さなストレスが矢継ぎ早に描かれていく。

 他者とのやりとりで生まれる違和感に傷ついた4人が静かな落ち着いたトーンで冷静に悩んでいたというのが序盤の印象で、4人の抱える悩みを「わかる」と共感できる人にとっては本作は最高の作品だが、ピンとこない人は物語の外に弾き出されてしまうため、観る人を選別する部分があった。

 筆者は彼らの悩みに関しては「わからない」と早々と諦めたが、この「わからない」部分にこそ現代性があると思い、宇宙人の生態を眺めるように楽しんでいた。

 しかし、第7話で、4人の共通の知り合いの志木美鳥(田中麗奈)が登場すると、これまで漠然としていた物語の輪郭がはっきりと浮かび上がったように感じた。美鳥の存在は4人の台詞の中に度々登場していたのだが、4人が語る美鳥の性格がバラバラだったため、同じ人物だと彼らは気づかなかった。

 それは視聴者も同様で、だからこそ美鳥の正体が判明した時には驚いたのだが、その後の第8話、第9話では、4人の過去を通して美鳥を描く展開となったため、さらに驚いた。

 ゆくえが塾で生徒に「動く点P問題」について聞かれる場面も美鳥の伏線となっていた。「動く点P問題」とは、線の上を一定の速さで移動する点Pの速度、距離、時間を計算する問題で、劇中では望月希子(白鳥玉季)が毎秒1cmで移動する点Pがどうやったら「止まるの?」とゆくえに尋ねるのだが、ABCDの点で結ばれた四角形がゆくえたち4人で点Pが美鳥だとわかった時は戦慄した。

 人間関係を1人、2人組、4人といった数字で示す序盤を観た時に「数式みたいなドラマだなぁ」と漠然と思っていたのだが、美鳥の登場でそれは確信へと変わった。

 普通のドラマがA地点というスタートからB地点というゴールへ向かう線ならば、本作はABCDという点を結んだ時に生まれる四角形から美鳥という点Pの物語が浮かび上がるという不思議な構成となっていた。

 若者の繊細な内面を台詞にできることが生方美久の武器だが、数式のような理路整然とした美しいドラマ構造を作れるという武器を持っていることも、本作で証明されたと言えるだろう。

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