『昨日の月』名村辰×福田麻由子×海路が語る“演劇”の醍醐味 「やりたいことをやれる場所」
脚本家、演出家、映像監督、劇団papercraft主宰と大活躍する若手クリエイター・海路の新作公演『昨日の月』に名村辰と福田麻由子が出演する。3人が一緒に仕事をするのはこれがはじめてだが、以前からそれぞれの活躍をリスペクトしてきた。
名村は2024年、朝ドラことNHK連続テレビ小説『虎に翼』のヒロイン(伊藤沙莉)の同級生役で注目され、福田は朝ドラ『スカーレット』(2019年度後期)にヒロイン(戸田恵梨香)の妹役で出演と、リアルサウンドの読者にも馴染みある的確な演技で作品を支える俳優たちだ。
ふたりは今回、高校生に扮し、「昨日か明日を売る」行為に関わっていく。時間が売り買いされる『昨日の月』の世界とは。時間を売ったらどうなるのか。海路、名村、福田にとって時間とは……。取材の日は、前日が稽古初日で、顔合わせしたばかりだったが、3人は早くも打ち解けた感じを漂わせながら語り合った。(木俣冬)
もしも、時間を売買できるとしたら……
――稽古初日に本読みをされたそうですが、はじめて声に出して読んだときの実感をお聞かせください。
海路:今回、台本を稽古初日、ギリギリまで書いていて、ようやくすべて書き上がったばかりのところで稽古に臨んだため、どうなるのか自分でも見えないなかで本読みをしました。でも、俳優さんたちの声が入った途端、急にバーンっと世界が見えたというか、空気感が具現化したような感じがしました。いままでもそういう経験はありましたが、とくに今回の本読みでの感覚はとても気に入っています。
名村辰(以下、名村):誤解を恐れずに言うと、ちょっと焦っています(笑)。セリフの分量の多さにヤバいヤバいと。高校生の役で、その言動に、自分の高校生時代の痛かった感じというか、あどけなさとか、そういうのを思い出して恥ずかしくもなりました。演じるうえで大事なのは、幼なさみたいなものを自分の中から出してくることかなと思っています。
福田麻由子(以下、福田):私も焦っています(笑)。私の役はネタバレ要注意の役のため詳しくは言えないですが、台本をはじめて読んだとき、私の役の設定に驚き、飲み込みきれない気持ちになりました。とりあえず言えるのは私の役も高校生だということです。海路さんはまだ20代でお若いので、高校生のときの感覚が残っているのかなと思うのですが、いまの私には高校生の感覚はちょっと遠いなと思って(笑)、どうやったらその頃に戻れるだろうかと考えているところです。覚えているけれど、戻るのは難しいですよね。
名村:この台本を読むと、自分は大人になったんだなと思いますよね。当時と感覚が違うんだって。
福田:世界の捉え方が年齢によって違うことがわかりますよね。
海路:主人公たちが高校生のときからお話がはじまりますが、時間を売るお話なので、売る前とあと、高校時代とそのあとが描かれることになります。
――「昨日か明日を売る」というアイデアはどこから浮かんだのでしょうか?
海路:今回の作品に限ったことではないですが、アイデアが浮かぶのはたいてい突然なんです。今回も、歩いているときに突然「昨日か明日を売る」というワードがパッと頭に浮かんで、とりあえずメモをして、そこから「時間の売買」とは何か、プランを立てる作業をしました。そこで思ったのは自分を売ることだなと。身売りということを意識して作ってみたら、設定が自然と組めていけました。劇中で「水商売」というワードも出てきますが、自分の身体そのものを売るのみならず、過去の記憶や経験、感情を作品として売ることも自分を売りものにすることであり、つまり自分たちの職業も自分を売っている。そういう感覚で書きました。
名村:時間を買い取る店があるという世界の台本を読んで、もしそれが本当にあったら、自分は果たして明日を売るだろうかと考えたのですが、5万円なんですよ。1日5万円。僕の明日を売ったら5万円かあ……と思ったら、まあ売らないなと思って(笑)。つまり、時間を売ってまで得たいものは何なんだろうなと考えさせられます。
福田:1日5万円かあ……。明日、台風で家にいなくてはいけなくて何もできないとしたら、明日はなくてもいいから売ってもいいかなと、いま思いました(笑)。
――売った人は買うこともできるのでしょうか?
名村:一般の人は買えないんですよね? (海路に)売ることはできるけど。 買っているのが誰かという謎はありますよね。
海路:劇中の世界がどういう構造になっているか考える楽しみもあると思います。
――想像が広がりますね。舞台では時間が変わっていく状況を演技や演出で見せることになりますか?
海路:時間がどんどんスキップしていくという感じです。この物語は、主人公の視点で描いているので、周囲とのギャップというか、周囲の変化を描くことによって時間がスキップしていくことを描けたらと思っています。例えば、相手が主人公のスキップしていた時間の間に全く変わってしまうというようなことですね。
福田:お客様はたぶん、主人公(名村)と同じ目線で見ていくことになるのでしょうね。主人公は時間を売ったことは自覚しているけれど、それがどういうことなのかはわかっていなくて、いつの間にか周囲が変わっていて、どうやら知らないうちに時間が経過していると気づくような……。
――名村さんと福田さんは同級生役だそうですが、キャラクター的には当て書きなのか、まったく関係ないのかどちらになりますか?
海路:名村さんにはちょっと当てたかな。
名村:へーー(興味津々の表情)。
海路:モダンスイマーズさんの『だからビリーは東京で』(2022年)に名村さんが出たときのイメージが強烈にあって。そこから少しインスパイアされています。福田さんは、こんな福田さんを観てみたいなと思って書きました。
名村:ちょっと影がある感じですよね。
福田:いまの時点では、年齢のほうに囚われていて、影の部分についてはまだ考えられていませんでした。台本を読むと、制服を着るんだ、大丈夫かなと思って。
海路:福田さんは、朝ドラ『スカーレット』で演じられていた三姉妹の末っ子のイメージが自分の中で強くあって、今回執筆の際に少し意識はしました。
――福田さんと名村さん、お互いの印象は?
名村:今回の出演が決まって共演者の名前を見たとき、びっくりしました。福田麻由子さん? あの福田麻由子さんなのか? それとも同姓同名なのか?って。テレビや映画で活躍されている方なので、まさか舞台で共演できるなんて思ってもみなかったんです。
福田:私も海路さんと同じく『だからビリーは東京で』で名村さんのお芝居を観ています。あの舞台が本当に素晴らしくて、今回のお話をいただいたとき、名村さんは決まっていて。あの舞台に出ていた名村さんと共演できるんだとすごく嬉しくて出演するモチベーションになりました。
――名村さんは舞台でも活躍されています。いま別の作品の稽古をしていますよね。
名村:はい、いま、稽古しています。12月19日から本番があります(くによし組『ケレン・ヘラー』)。
福田:そんなこと信じられない(笑)。
名村:海路さんも本番中ですよね。
海路:明日から小屋入りです(劇団papercraft番外公演「ミタココロ」再演版が12月10日に初演を迎えるところだった)。
――なんでまたそんなスケジュールに? 映像と演劇を重ねる、稽古や本番を縫いながら映像作品の撮影をすることはあるかと思いますが、二つの演劇の稽古と本番が重なっているのはなかなかない気がして。
海路:自分は今どっちの世界にいるのか、の整理みたいなことに少し苦労はしています。
名村:切り替えが必要ですよね。『ケレン・ヘラー』の本番に入ったら、『昨日の月』の稽古に集中します。
――俳優の身体とかメンタルみたいなものは、仕事を重ねたときにどうなっているのか興味深いです。
名村:福田さんはそれこそスケジュールを縫いまくってきたのではないでしょうか?
福田:私はそんなことないんです。マネージャーさんが、私にはそういうことができないのがわかっているから、スケジュールが重なることはなかったんです。
名村:マジっすか。ドラマとかも?
福田:ちょっと最後の1日くらい重なることはあっても、たいていは一作に集中していました。
海路:でも一作、一作、出演作がずっと続いていたイメージがあって。実感はすごく忙しかったのだろうと思いますよ。
福田:たまたま作品が重なってはいないけれど途切れなく続いていたんですよね。
――休みなく忙しいのはいいことだし、その反面、重ねないでちゃんと丁寧にひとつひとつ仕事をやれることを選べる環境もすごくいいことですよね。
福田:ありがたいですね。
――スケジュールの話には、先ほど、昨日か明日を売ることは身を売ることだと海路さんが話していたことにも通じるものがある気がしました。
海路:辞書で調べたらこういう芸能の仕事も「水商売」のひとつとされているんですよね。お金が流れる水のような商売であるという意味で。稽古場ではそういうところからも感覚の共有をしていけないかと思っています。