カン・ドンウォンが『戦と乱』で放つ“リアル” 娯楽大作の面白さとわずかな物足りなさ
Netflix製作の韓国時代劇映画『戦と乱』は、世界配信開始に先立ち、ただ一度だけスクリーンで上映された。アジア最大級の映画祭、釜山国際映画祭の開幕作品としてである。この映画祭で配信作品が開幕作に選ばれたのは初めてであり、「映画」の概念が大きく変わりつつある現状を象徴する出来事として注目された。映画祭実行委員長は「プラットフォームとは関係なく、観客が楽しめる作品を選んだ」とコメントしている。実際これは、キャスト・撮影・美術・衣裳・音楽・特殊効果など、すべてに惜しまず力が注がれた、とても華やかな娯楽作品だ(そして同時に、この壮麗な製作規模からすると、やはりスクリーンで観たかったという気もする)。各キャラクターの個性を活かしたアクションシーンは、どれも目に楽しい。
もうひとつ注目せねばならないのは、『オールド・ボーイ』(2003年)、『別れる決心』(2022年)などで知られる世界的監督、パク・チャヌクが、製作・脚本に名を連ねていることだ。この作品の脚本を、彼は2019年には完成していたというが、製作開始がずれこんだ結果、制作・脚本・演出を手掛ける連続ドラマ『シンパサイザー』(2024年/日本ではU-NEXTで視聴可能)と撮影期間が重なってしまい、本作の監督はキム・サンマンに託されることとなった。
時代設定は16世紀末。武官の名家のひとり息子ジョンニョ(パク・ジョンミン)と、彼の家に仕える、剣術の天賦の才を持つ奴婢のチョンヨン(カン・ドンウォン)は、幼いころからともに育ち、身分の違いを超えて友情を結んでいた。あるときチョンヨンは、免賤(賤民から平民になること)を条件に、ある秘密の仕事をやり遂げるが、ジョンニョの父親は免賤を拒否。激怒したチョンヨンは屋敷を脱走するものの、連れ戻されて監禁される。おりしもそのころ、秀吉の命を受けて侵攻してきた日本軍が朝鮮に上陸。混乱に乗じ、屋敷では奴婢たちの反乱が勃発する。王の警護のために屋敷を離れていたジョンニョは、留守中に屋敷が焼け落ち、両親も妻子も皆殺しにされたと知らされる。前後の状況からチョンヨンの仕業だと思いこんだジョンニョは、チョンヨンへの復讐を誓う。
日本軍が猛烈に攻め上がるなか、民を見捨てて逃げ出した国王・宣祖(ソンジョ/チャ・スンウォン)をあてにはできないと、各地で民衆は義兵団を組織。寄せ集めの義兵団でひとまずリーダー的役割を果たすことになったチョンヨンは、前線で日本の武将・吉川玄信(きっかわ・げんしん/チョン・ソンイル)と邂逅する。のちに敵軍からそれぞれ「青衣剣神」と「鼻刈り鬼」の名で恐れられることとなる、ふたりの天才武人の出会いである。
カン・ドンウォンはこれまでも、社会の底辺に置かれた孤独な人物を演じてきた。彼らは希望を奪われ、抜け出しがたい状況に追いこまれたり(『私たちの幸せな時間』2006年、『隠された時間』2016年)、悪事に手を染めたりしたものだ(『超能力者』2010年)。『ベイビー・ブローカー』(2022年)で演じた役もこのヴァリエーションだろう。だがチョンヨンが彼らと違うのは、決して望みを捨てないことだ。自由になることをあきらめない彼は、ちょっと少年漫画のヒーローのようでもある(子ども時代の彼は特にそうだ)。カン・ドンウォンの、剣を使ったアクションの美しさはすでに『群盗』(2014年)で折り紙付き。とはいえここでのアクションは『群盗』よりもややリアリズム寄りであり、そのせいもあってかこの作品の彼は、いわばリアルに「汚し」(具体的にはヒゲとか)がかかっていて、これまで見せたことのない魅力を見せている。
対する吉川玄信は残忍な悪役として描かれるのかというと、そうでもない。武術と知略に優れ、誇り高い彼はむしろかなりカッコよく、主人公の好敵手にふさわしい。演じるチョン・ソンイルは、連続ドラマ『私たちのブルース』(2022年)でも『ザ・グローリー』(2022〜2023年)でも、妻に振り回される知的で物静かな男性を演じていた。猛々しい武将を演じると聞いて意外な気がしたのだが、まさにチョン・ソンイルという俳優自身の持ち味が、この役に気品を与えているように思う。実のところこの映画の最大の悪役は、ご覧になればおわかりのとおり、日本軍とは別のところにいる。