脚本を“個”ではなく“チーム”で作る意義とは? NHK脚本開発プロジェクトWDRの手応えを聞く

脚本を“チーム”で作る意義とは?

 NHKが、海外ドラマのような共同脚本スタイルでドラマを作るためのWDR(Writers' Development Room)プロジェクトを発足し、メンバーを募集したのは2022年6月だった。課題は15ページほどの脚本で、応募総数は2025人。予想の倍近くもの応募が集まった理由のひとつに、企画開発の期間中もギャラが支払われることもあった。完成した作品に対価が払われることが一般的なこの業界において、極めて稀で魅力的な企画だったのである。

NHKがエンタメ界に投じた一石 脚本開発プロジェクトWDRの狙いをプロデューサーに聞く

NHKが立ち上げたWDR(Writers' Development Room)プロジェクトは、ドラマの脚本開発スキームそのものを…

 2022年10月31日には、選ばれた10人が発表された。そこから7カ月の活動を経て、絞られたのは弥重早希子、名嘉友美、山口智之、松井周の4人。最年長は50代で、30代から40代と年代もばらばら、男女比は2:2とバランスのとれたチームによって全8回のクライムサスペンスドラマ『3000万』の制作が開始された。

 撮影は2024年4月~8月、放送は10月5日。ドラマがどのような過程を経て出来上がったか、プロデューサーの上田明子と中山英臣に話を聞いた。(木俣冬)

「とにかく面白いドラマを作りたい」という共通の強い思い

WDRに選ばれた10名の脚本家とプロデューサーたち

――2022年6月に募集をかけてから2年、その間どのように進行しましたか?

中山英臣(以下、中山):2025人の応募者がありました。プロとして活躍している脚本家だけでなく、アニメーション作家、会社員、主婦や学生など、幅広い職種の方々が応募してくださったことに驚きました。正直その半分以下くらいと想定をしていましたから(笑)。届いた脚本は、プロジェクトの立ち上げメンバーでディレクターの保坂慶太、上田・中山の3人で全て読みました。その中から可能性を感じる作品を、数を限定しないで選んだ上で、面接を行いました(コロナ禍だったのでリモートで行われた)。面接では、応募作に対してフィードバックを行い、修正を提案。意見がどのように解釈され、修正されるのか。個々の修正能力を見ながら最終的に10人に絞り、7カ月に及ぶWDRの活動をスタートしました。

――7カ月の活動内容はどういうものですか?

上田明子(以下、上田):まず、みんなで同じ海外ドラマの第1話を何本も観て、分析し、構造やキャラクターの作り方や見せ方――セットアップや展開の仕方の方法論を共通言語化しました。最初はログライン、主人公の目的や障壁を明示した、ごく短いあらすじですが、 それを書き起こしてみることから始めました。それから、端的に面白い設定を盛り込むには、どんな工夫があるか、キャラクター同士の対立はどう作ってあるか、主人公がいかに徹底して追い込まれるか、そこからどんな切り抜け方をするのか、そこに意外性があればあるほど面白い……というような基本的なことを繰り返し確認していきました。最終的には、例えば「ほらあの、『ファーゴ』第1話のACT4で主人公がlowest momentを切り抜ける時の、あれくらいの振り切った展開が必要だと思うんだけど……」と誰かが言うと、皆、瞬時に言わんとしていることが分かってアイデアを振り絞り始める、という状態になりました。

中山:活動は週2・3回、局で行いました。ディレクターの保坂がアメリカ留学で持ち帰ってきたノウハウを伝える座学から始めました。保坂は自分が勉強してきたことや、自身の考えたことが絶対の正解と思っているわけではなく、みんなの意見を取り入れながら常に方法論を更新していたと思います。

――分析結果を全員で共有したうえで、実践――台本を書き始めたのですか?

中山:7カ月を大まかに二分して、まず前半、10人にそれぞれ1本ずつ、オリジナルの第1話を書いていただき、後半にもまた1本ずつ書いていただきました。ブレスト段階からメンバー間でフィードバックを行い、ブラッシュアップしていきながら進め、結局、1人2本のオリジナルの連続ドラマの企画と、その第1話の脚本ができたことになります。WDRプロジェクトとしては、ここで終了、解散式を行いました。その後『3000万』をドラマ化することになり、脚本家4人を再召集してライターズルームを結成しました。映像化する作品が決定したのは、2023年の7月でした。

WDRプロジェクトで製作されたドラマ『3000万』写真提供=NHK

――選ばれた作品の決め手を教えてください。

上田:重視したのは、中毒性の高い、一気見してもらえるようなエンタメ性の高い連続ドラマになりうるかどうかでした。7カ月かけて共通言語化してきた手法が存分に生かせる題材かどうかという点もありました。

中山:どれもドラマ化できそうなクオリティの高い作品ぞろいでしたが、せっかくの新規プロジェクトですから、よりチャレンジングな題材を選びました。

――4人の作家の選考基準はどういうものですか?

上田:まずは、選ばれた企画の発案者である弥重さん。それから、チームとしてうまくそれぞれの武器を掛け合わせることができるかどうか、バランスも考えながら選ばせて頂きました。

――選ばれた作品を書いた方がチーフライターになったのでしょうか。全8話の分担はどのようにしていますか?

上田:今回はチーフライターというポジションはおきませんでした。作家4人の立場はフラットで、海外ドラマにおける、いわゆるショーランナーというチームを引っ張る役割を保坂が担いました。ショーランナーは企画者やライターが担当することもあれば、プロデューサーがライターとショーランナーまで兼ねることもあり、作品によってまちまちです。今回は保坂が全体のバランスを見ながら、4人の作家さんそれぞれの持ち味も生きるよう、各話の担当を決めました。

――4人の脚本家で8話を均等に2話ずつ分担しているのでしょうか?

上田:担当話数は1話だけの方もいれば3話の方も、とバラけています。ただ、全話に必ず4人の脚本家とプロデューサー、ディレクターの目が入っています。この企画をやると決めた段階で、弥重さんの第1話初稿をベースに全員でブレストをし、キャラクターやプロットのブラッシュアップから始めました。脚本執筆は2、3話分、並行して進行し、原稿があがるたびに全員で共有し、互いに読み、アイデアと意見を出し合い、それを取り込んでまたリライトして……を繰り返して完成させました。

メンバー全員で議論を重ねる様子

――4人の作風の特徴を教えてください。

中山:松井さんは思わぬアイデア、会話のキャッチボールが見事です。

上田:長年演劇の現場を率いていらっしゃっていますし、今回は最年長ということもあって、皆が安心して踏み込んだ意見を言えるインクルーシブな空気を担保してくださる部分もありました。弥重さんは非常に生々しいキャラクターを立ち上げることが突出してうまい。劇的な切れ味と、平凡な生活感が両立する、独特な台詞の力があります。

中山:なかなかない、いっちゃった感じのキャラクターを書かせたら右に出る者はいないと思います。

上田:名嘉さんはドラマや映画を本当にたくさん、愛をもってご覧になっていて、海外ドラマ的な作劇の引き出しが非常に豊かです。ここでそう展開させるのか!と、その発想とセンスに何度も驚かされました。山口さんはシニカルな視点の持ち主で、書くスキルはもちろん、場の空気を変える存在でもありました。皆でブレストしていて、盛り上がってはいるんだけどちょっと本質とズレてきたかなというときに、恐れずストップをかけてくれる。冷静に、頑固に、最終ラインを守るゴールキーパー的な存在です。

――男女比を2:2にしたのは意識的ですか?

上田:私も経験があるのですが、男性が大勢いるなかで女性ひとりの場合、「女性から見てどう?」と女性代表の意見を求められるんです。でも当然、同じ女性でも考えは様々で、「代表」できるはずがありません。今回は偏りが薄かったので、「女性」という属性ではなく、「あなた」の意見が聞きたい、という議論のベースができたのではないかと思います。

――この企画を経たことで作家の皆さんにとってスキルアップになったと思いますか?

中山:スキルというよりはマインドでしょうか。基本的に作家とは一人で創造する仕事ですから、ともすれば、他人の意見を聞くことは辛いこともあるのではないかと思うんです。でも、今回のプロジェクトは個を超えたところで、チームとして面白いドラマを作ることを目標にしていたから、建設的な意見を言い合えて、とても良い環境だったと思います。だから結果的には、スキルアップにつながったかもしれません。もともと皆さん、実力のある方でしたので、僕がそんなふうに言うのもおこがましいのですが。

上田:松井さんをはじめ、皆さん、ご経験も技術もそれぞれ積み重ねてきたものがある状態にもかかわらず、新しいものを吸収することに対してとても貪欲だと感じました。4人で共同作業を行う前に、7カ月間の活動期間があったことも良かった気がします。共に海外ドラマを分析し、互いの企画にアイデアを出し合うなかで、それぞれの作家性や人柄も含めて深く知り合い、信頼関係を築いて頂けたのではないかと思います。それぞれに敬意は持ちながら、踏み込んだ点まで指摘し合い、惜しまずアイデアを存分に出し合うことができました。

参加者全員で作品を観て議論を交わす

――演劇などではワークショップなどで俳優がエチュードで出したアイデアを演出家が取り込んでいくようなやり方もありますが、個性の強い作家同士でも、ぶつかることなく、アイデアを出し合うチームワークを優先していたのですね。

上田:単純に個性を殺して調和を優先したわけではないつもりです。「とにかく面白いドラマを作りたい」という共通の強い目的があり、今回目指す「面白さ」とはこういうものだ、そのためにはどうすべきか、という具体の共通認識を時間をかけて築けたことがすべてではないかと思います。

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