『ゴールデンカムイ』ファン必見! 『プロミスト・ランド』でリアルな“熊撃ち”を追体験

『プロミスト・ランド』マタギとシンクロする

 一方、信行は、マタギの家に生まれた自分を認めたくない。だから、禁止されてなお熊撃ちにこだわる礼二郎を、冷たく非難する。

 ワイルドでケンカが強そうな先輩マタギ衆(三浦誠己、渋川清彦、そして小林薫でさえも強そうだ。NHK朝ドラ『虎に翼』の穂高先生とは別人である)の中に入ると、信行はひときわ弱そうだ。1人だけ文化部所属の風情である。とても熊を撃ち殺す人間には見えない。だがよく見ると、その目は昏いながらも鋭く、言動にも気の弱さは見えない。彼の中にも濃いマタギの血が流れており、だがそのことを認めたくない自分自身との間で、常に葛藤しているのだろう。だから、あれだけ非難し反対していた礼二郎の熊撃ちにも、同行してしまうのだ。

 この物語は、「雪山を舞台に人間VS熊の対決を描く大スペクタクル活劇」ではない。『ゴールデンカムイ』(2024年)における熊VS第七師団の虐殺劇や、熊VS杉元&アシㇼパさんの共闘もない。確かに礼二郎&信行の共闘で熊を撃つわけだが、あの作品のような近接格闘ではない。遠距離からの射殺だ。

 猟師である千松信也氏が、劇場用パンフレット及び公式サイトで語っているように、「猟というと獲物と直接向き合う緊迫したシーンが想起されがちだが、実際はひたすら獲物を求め山を歩き、痕跡を探り、思索・葛藤することに99%の時間が費やされる」。この作品で最も時間を割いて丹念に描かれているのは、熊を探してただ雪山を歩く2人の姿だ。その姿にドラマチックなBGMを重ねたりも、ほとんどしない。代わりにBGMとなるのは、雪山で生まれる自然音だ。鳥の声、川のせせらぎ、あるいは濁流、雪を踏みしめる足音、杖が雪に刺さる音、枝が折れる音、そして、2人の息遣い。そこで描かれているものは、虚飾を廃した、ただただリアルな“狩り”だ。

 山歩きを丹念に描いているからこそ、彼らの覗く双眼鏡の向こうに熊の姿を見つけた時は、一気に鼓動が早くなった。今まで無感情に見えた信行も突然息が荒くなり、恐怖と興奮の入り混じった状態になる。藪に潜んで熊を見張っている際、極寒にも関わらず大粒の汗を浮かべている姿に、ただならぬ緊張感が伝わる。射手が撃ちやすい位置に熊を追い詰めるための勢子として、大声を張り上げる。

 その声が慟哭しているようで、胸に迫る。20年間の葛藤を、苛立ちを、惨めさを、自己嫌悪を、すべて振り払うような慟哭だ。そして、新しく生まれ変わるための産声にも聞こえる。現状に不満だけをこぼして世をすねていた信行は、生まれ変わることができるのか。ぜひ劇場で確認してほしい。礼二郎と信行が雪山をひたすら歩く姿を、ぜひ大きなスクリーンで観てほしい。大自然を、体感してほしい。そして願わくば、気持ちだけでも彼らと一緒に歩いてほしいのだ。

■公開情報
『プロミスト・ランド』
全国公開中
出演:杉田雷麟、寛一郎、三浦誠己、占部房子、渋川清彦、小林薫
原作:飯嶋和一『プロミスト・ランド』(小学館文庫『汝ふたたび故郷へ帰れず』収載)
脚本・監督:飯島将史
製作:FANTASIA Inc./YOIHI PROJECT
制作プロダクション:ACCA/スタジオブルー
配給:マジックアワー/リトルモア
©︎飯嶋和一/小学館/FANTASIA
公式サイト:www.promisedland-movie.jp
公式X(旧Twitter):@promisedlandmov

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