『シュガー』ハードボイルド的主人公の存在意義を考察 引用されたクラシック映画の数々も

コリン・ファレル『シュガー』を多角的に考察

 近未来SFながら往年の本格的なフィルムノワールの空気を再現した、ヒュー・ジャックマン主演の『レミニセンス』が公開された2021年。私立探偵フィリップ・マーロウをリーアム・ニーソンが演じ、往年のハードボイルドの伝説を現代に蘇らせた『探偵マーロウ』が公開された2022年。そして、マイケル・ファスビンダーが孤独な殺し屋を演じた、デヴィッド・フィンチャー監督の『ザ・キラー』が配信された2023年……。

 既存の“男らしさ”の概念が、陳腐なものと考えられるようになっている近年、クラシックなスタイルへの憧れが投影されたフィルムノワール、ハードボイルド映画が、逆風のなかで新たな復活を遂げつつあるのかもしれない。コリン・ファレル主演、『シティ・オブ・ゴッド』(2002年)のフェルナンド・メイレレス監督らが送り出すドラマシリーズ『シュガー』は同種のジャンルにおける2024年を代表する配信作品となるだろう。

 ここでは、現時点でエピソード3まで配信されている本シリーズ『シュガー』の特徴から、“男らしさ”の問題や、現代から見たハードボイルド的主人公の存在意義にまで考察を広げ、さまざまな角度からドラマの内容を解説していきたい。

 メインの脚本と全体の製作を務めるのは、『ザ・セル』(2000年)やハリウッド版『オールド・ボーイ』(2013年)の脚本を手がけてきたマーク・プロトセビッチ。クラシック映画にも造詣が深い彼が、過去のノワール、ハードボイルド調の主人公として、私立探偵ジョン・シュガーが活躍するオリジナル作品を送り出したのが、本シリーズ『シュガー』なのだ。

 コリン・ファレルが終始ダンディーに演じるジョン・シュガーは、法の目をかいくぐる裏社会で探偵業に従事していて、国際的に誘拐などの事件解決を請け負う人物。本シリーズでは、ハリウッドの大物プロデューサー、シーゲル氏(ジェームズ・クロムウェル)の孫娘の失踪事件を担当し、入り組んだ陰謀へと足を踏み入れていく。

 笑ってしまうほど面白いのは、まずシュガーのウィスキーをこよなく愛する酒豪としての面である。いまや入手困難なサントリーのブレンデッドウィスキー「響」をゆっくりと日本のバーで味わい、アメリカではバー価格でワンショット100ドルだとする、ウィレット蒸留所のシングルバレルのバーボンを躊躇なく注文するシーンも印象的。さらには、仕事で負傷したときに自室で傷を消毒する際にもアルコールを使用する。

 渋い男性がひとり深刻な面持ちで口にするイメージが強いウィスキーは、ハードボイルド小説、映画でよく使われてきた小道具である。『007』シリーズにおけるスーツや腕時計、酒類がそうであるように、じつは、この“男を引き立てる”ために用意された小道具こそが、この種の作品の多くには不可欠なのである。そういったアイテムは、作品の雰囲気を醸成するだけでなく、観客、視聴者の憧憬の念を抱かせ、耽溺させるためのダイレクトな表象となっている。そういった要素自体が“本質”だということが、この種のジャンル作品の異質で興味深いところなのだ。

 シュガーは、「映画がなければ生きていけない」と語るほどのマニアックな映画ファンでもあり、「カイエ・デュ・シネマ」、「サイト・アンド・サウンド」、「アメリカン・シネマトグラファー」のような硬派な映画誌を好んで読んでいる。主人公が少々度を超えた映画ファンだというのは、犯罪小説の巨匠であるエルモア・レナードの作であり、ジョン・トラヴォルタ主演で映画化された『ゲット・ショーティ』(1995年)の主人公チリ・パーマーを想起させるところがある。ハリウッドの映画業界が事件に絡んでいるところも、本シリーズに似通っている。

 だがチリ・パーマーと比べても、シュガーの趣向は異様だといえるかもしれない。なにせ彼は、事件の捜査をするとき、プールで泳ぐとき、バーでウィスキーをあおるときなどに、脳内で1940、50年代のフィルムノワールの、シチュエーションに関連する一場面をいちいち再生させ、グレン・フォードやハンフリー・ボガートなどが演じる役柄になりきっているのである。われわれは、そんな彼の思考に、クラシック映画のカットが差し挟まれることで付き合わされることになる。

 無論、このような映画の主人公たちは、自分がハードボイルドな存在であることをいちいち意識してそういった振る舞いをしているように見せているわけがない。そう考えると本シリーズは、往年の作品の模倣に見せて、じつはそういったものに憧れる人物のナルシシズムや懐古主義的なスタイルへの偏愛を、やや俯瞰したかたちで見せているということになる。

 シュガーの行動がわれわれにとって懐古主義的に見えてしまうのには、無理からぬ部分がある。それは、ハードボイルドを男性のかっこよさの一つの至上としていた時代は、言うまでもなくはるか遠くにあるからである。それだけでなく、“男らしさ”という概念そのものが、創作の世界ですでに悪しきものですらあるとして描かれるケースが増えている。そういう目で見たときに、匂い立つような男らしさを魅力とする主人公は、それを徹底すればするほど滑稽さを身に纏うことになるだろう。

 しかし、ストーリーの進行とともに主人公シュガーの振る舞いを見ていると、彼ができるだけ紳士たろうとしていることにも気づくはずだ。捜査のために身分を偽って女性に接近したとしても、けして公私混同の渦に呑まれないように行動し、ホームレスの男性の境遇を心配し、なんとか家が無い状態から脱出させようとする気遣いを見せ、さらには、自分に攻撃の意志を見せる者にすら温情を示す。

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