キーワードは“恋愛”よりも“どう生きるか” 2023年ドラマ評論家座談会【前編】

2023年ドラマ座談会【前編】

 コロナ禍が一段落した2023年は、『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)や『VIVANT』(TBS系)といったテレビドラマが話題になる一方、新設ドラマ枠が多数作られ、国内ドラマをめぐる状況が大きく動いた1年であった。そんな激動した2023年のドラマシーンについて、リアルサウンド映画部でドラマ記事を多数寄稿してくれた、成馬零一、木俣冬、藤原奈緒の3名による座談会を実施。前編では、それぞれの2023年のベスト作品をもとに、移りゆくドラマシーンについて語り合ってもらった。

ーーこの座談会の収録時点(12月3週目に実施)では、まだ終了していない作品もありますが、はじめに2023年にみなさんが印象に残ったドラマを何本か挙げていただけますでしょうか?

成馬零一が選んだ作品

『いちばんすきな花』

『日曜の夜ぐらいは...』

『量産型リコ -もう1人のプラモ女子の人生組み立て記-』

『VIVANT』

成馬零一(以下、成馬):『いちばんすきな花』(フジテレビ系)は今年観たドラマで一番刺激的で面白かったです。 序盤は主人公たち4人が抱える繊細な悩みに距離を感じていたのですが、4人の共通の知り合いである美鳥ちゃん(田中麗奈)が登場して以降、一気に引き込まれました。脚本を担当している生方美久さんは2022年に連続ドラマデビュー作となる『silent』(フジテレビ系)で注目された方で、プロデューサーの村瀬健さんが生方さんの作家性をすごく尊重しているのが、映像の節々から伝わってくる。作品も素晴らしかったですが、作り手が一丸となって生方さんの世界を具現化しようとする姿勢に感動していました。

ーー『いちばんすきな花』はリアルサウンド編集部でも賛否が分かれていました。僕はあまりノれなかったんですけど、20代くらいの社員はすごくハマって「わかるわかる」となっているので、観る年齢によって印象が変わる作品なのではないかと思います。この中では藤原さんが一番生方さんに近い年齢ですが、『いちばんすきな花』はどうご覧になりましたか?

藤原奈緒(以下、藤原):私は昔から、同世代の人の感覚とずれている部分があるので、あんまり参考にならないのですが。個人的な感覚としては、生方さんの世界はちょっと美しすぎて、私には居心地が悪いというか、息苦しくなってしまう部分があって、ちょっと入り込めなかったんです。だから少し距離を置いて眺めていたいなと思っていたといいますか。ただ、美鳥ちゃん(田中麗奈)が出てきてからの展開は、空間的にも、時間的にも世界がグッと広くなっていった気がして、そこが面白いなと感じました。よく坂元裕二さんの作品と比較されますが、私は2人の作風は似ているけれどだいぶ違うと思っていて。でも多分この世界にいる「ひとり」の人に向けて作品を作ったという部分は同じなのではないかと思うんですよね。でも坂元さんの作品に救われる「ひとり」の人と、生方さんの作品に救われる「ひとり」の人は、恐らく同じではなくて、孤独の色合いが違うというか、そういう部分含めて興味深かったです。

成馬:それはなんとなく理解できます。影響は受けていると思うけど、出てくる作品の印象は真逆で、セリフに対するアプローチも、坂元さんは足し算で生方さんは引き算という感じがする。

ーー逆に成馬さんは、年齢の離れた生方美久さんの脚本を評価されていますね。

成馬:僕はいつも若手の新人脚本家に出てきてほしいと思っていて。 デビュー仕立ての新人脚本家がいきなりオリジナルドラマを書くことで生まれる、荒削りだけど若い人の気分を掬い取ったものが、トレンディドラマ以降のテレビドラマの推進力となっていて、坂元裕二や野島伸司もそうやって出てきた。2010年代は新人にオリジナル作品を書かせる機会がどんどん減っていたのですが、昨年、生方美久さんが『silent』を書いてヒットしたことで、もう一回、若手を起用しようという流れが民放のドラマに生まれている。月9で市東さやかさんが『真夏のシンデレラ』(フジテレビ系)を書いたり、2022年の「第22回テレビ朝日新人シナリオ大賞」を受賞した若杉栞南さんが『ハレーションラブ』(テレビ朝日系)を執筆しました。もちろん、新人なので作品は玉石混交で、誰もが生方美久になれるというわけではないのですが、新人の作品が多数ある状況自体がドラマシーンを活性化させると思うんですよね。だから生方さんのライバルになるような若手があと数人出てきたら面白いのになぁと思っています。

『日曜の夜ぐらいは...』は「今の時代のキツさを描きたかった」 脚本家・岡田惠和に聞く

『日曜の夜ぐらいは...』のBlu-ray&DVD-BOXが11月8日に発売された。  2023年4月からABCテレビが日曜2…

ーー対して『日曜の夜ぐらいは...』(ABCテレビ・テレビ朝日系)の脚本はベテランの岡田惠和さんです。

成馬:テレビ朝日の日曜夜22時に新設されたABCテレビ制作ドラマ放送枠の第1弾となった作品ですが、先日亡くなられた山田太一さんの『想い出づくり。』(TBS系)の令和版と言える内容で、日本のテレビドラマの伝統を引き継いだ作品だったと思います。同時にこの新設枠自体が、かつての金曜ドラマ(TBS系日曜22時枠)のような、作家性の強い脚本家にオリジナルドラマを書かせる枠というブランドイメージを確立していて、岡田さんの後も、野島伸司、浅野妙子、遊川和彦といったベテラン脚本家のオリジナル作品が続いている。2023年はドラマ枠の新設も多かったのですが、一番成功したドラマ枠ではないかと思います。『量産型リコ -もう1人のプラモ女子の人生組み立て記』(テレビ東京系)は、乃木坂46の与田祐希さんが演じる主人公のリコがプラモを作る姿を延々と撮った深夜ドラマで、個人的にもっとも楽しんでいたドラマです。『孤独のグルメ』(テレビ東京系)のヒット以降、深夜枠でグルメドラマが増えましたが、その手法を食事以外のキャンプやサウナといった趣味に転用した趣味ドラマがすごく増えてるんですよね。『量産型リコ』は、プラモを題材にした趣味ドラマで、プラモとプラモを作るヒロインを綺麗に撮ることに対するこだわりが毎回凄くて、映像に見入ってました。最後に『VIVANT』(TBS系)は今年の話題作という意味で外せないですよね。キャストも豪華でモンゴルロケを駆使した映像もスケール感があって、テレビドラマでこんなに壮大な作品が作れるのかと毎話驚かされた。脚本も複数体制で書くことで細部まで練られていて、海外ドラマの制作方法を積極的に取り入れている。その意味で実は日本のテレビドラマとしては異例の作品なのですが、物語は原作、チーフ演出の福澤克雄さんが日曜劇場で手がけてきた日本のサラリーマンの応援歌的物語を『スター・ウォーズ』的な英雄神話に拡大して描ききった。こういう作品はありそうでなかった。

木俣冬が選んだ作品

『大奥』

『だが、情熱はある』

『時をかけるな、恋人たち』

『◯◯のスマホ』シリーズ

『犬神家の一族』

木俣冬(以下、木俣):今年1年を俯瞰して思うのは、コロナがようやく落ち着いたことですね。 この2年ぐらいドラマの現場はコロナの影響でいろいろなことが思うようにできなくて、止まってしまった企画も多く、映像の作り手のみなさんは非常に悩まれたと思うんですよ。それが今年になってコロナ禍がとりあえず明けたみたいな感じになってきた。同時に昨年ぐらいから作り手の方もコロナ禍での撮影に慣れて、作品作りの新しいやり方が見えてきたのかなと感じがしました。もう一つはコロナ禍に感じた「これから、どうしたらいいんだ」という葛藤が作品づくりにも生かされ始めた。コロナ禍における製作体制と作品作りにおけるテーマの2点において、テレビドラマが変わりつつあるのかなぁと感じました。その気持ちが一番強く作品に表れていたのが『大奥』(NHK総合)だったのではないかと思います。よしながふみさんの原作漫画は男女逆転した江戸時代を描いた先鋭的なSF漫画だったのですが、ドラマ版は原作を丁寧に作っていて、とても観やすいものに仕上がっていた。漫画ファンの間では不朽の名作として知られていましたが、ドラマを観て、こんなに素晴らしい漫画があったのかと知った方も多かったのではないかと思います。ドラマ版はseason1とseason2に分けて放送されて、season1は、男たちの代わりになった女性の哀しみと、すこし色っぽい恋愛ドラマとして話題になったのですが、season2で疫病の克服と、男と女がそれぞれ自立する物語を描いているのを観て、これがやりたかったんだなぁと納得しました。250年あまりある徳川幕府の歴史を描いていて、大河ドラマに匹敵する壮大なスケールの物語を見せてくれたという意味では『VIVANT』と並ぶ、今年を代表する作品だったと思います。『だが、情熱はある』(日本テレビ系)は、オードリーの若林正恭さんと南海キャンディーズの山里亮太さんのエッセイを下敷きにしたお笑い芸人のドラマですが、暗い青春ドラマでもあって。このドラマは日曜22時30分からの放送で『日曜の夜ぐらいは...』と時間帯が重なっていて。『だが、情熱はある』のプロデューサーの河野英裕さんと岡田惠和さんは『銭ゲバ』(日本テレビ系)や『泣くな、はらちゃん』(日本テレビ系)を一緒に作られてきたコンビで、その2人が違うドラマで対決することになったことにも、どこか苦い青春を感じました。

成馬:毎話のタイトルが疑問系なのは『ふぞろいの林檎たち』(TBS系)のオマージュだと思うんですよね。物語も暗い青春時代から始まるので、どこか『ふぞろいの林檎たち』を思わせる作品でした。山田さんが亡くなった2023年に、岡田さんと河野さんが同じ時間帯に山田太一ドラマのオマージュをやっていたのは、今考えると数奇な巡り合わせですよね。

木俣:どちらも素晴らしい作品でしたが、『だが、情熱はある』を選んだのは「ものづくり」をしている人たちのドラマが大好きだから。芸人として自分たちのお笑いを追求する主人公の姿と、このドラマを型にしようと頑張っている作り手の気持ちがシンクロしていて、特に若林さんを演じた髙橋海人さんと山里さんを演じた森本慎太郎さんを中心とした若い俳優の演技がとても素晴らしかった。

『だが、情熱はある』の“情熱”は何だったのか 視聴者に蒔かれた“幸福”を掴むための種

2023年上半期の日曜夜は、半年間・同枠2作連続で「これまでに観たことがないドラマ」を堪能させてもらったという充足感がある。 …

成馬:劇中の漫才も本人がやっていたのがすごかったですよね。

木俣:徐々に役に本人が近づいてくるところに、芸人たちの自分たちの芸が高まっていくみたいなことが重なり合ったような気がして、そのドキュメンタリー性が新しかったと思います。苦い青春ドラマの枠組みの中で、表現としていろいろなことにトライしていたのが素敵だなと思いました。『時をかけるな、恋人たち』(カンテレ・フジテレビ系)も、とても挑戦的な作品だったと思います。最近、時間を題材にしたSFドラマが流行ってますけど、脚本の上田誠さんはご自身が主宰する劇団「ヨーロッパ企画」でSF的アイデアを取り入れた作品をこれまでずっと作り続けてきた方なので、タイムトラベルというアイデアをドラマの中に綺麗に取り入れていて、すごくセンスの良いレベルの高い作品だったと思います。 近いことをやっているのがNHKの『スマホ』シリーズですよね。今年は『信長のスマホ』『秀吉のスマホ』『家康と三成のスマホ』の3本が放送されました。「歴史上の人物がスマホを使っていたらどうなるのか?」というワンアイデアで作られた1話5分のショートドラマなんですけど、最大の魅力が“アイデア”なんですよね。『大奥』もそうでしたが、SFで言われる「センス・オブ・ワンダー」のあるドラマが増えているのは嬉しかったです。また、NHKはこれまで『金田一』シリーズを吉田照幸さんの演出で作り続け、今年は満を持して『犬神家の一族』(NHK BSプレミアム)が制作されました。吉岡秀隆さんが演じる金田一耕助の解釈が新しくて。何度も擦られた横溝正史のミステリー小説の世界を現代的なものにアップデートしていたのが面白かったです。

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