『ブギウギ』にはこれまでの朝ドラにない“猥雑さ”がある 足立紳の作家性が伝わる生活描写
朝ドラは朝に放送されることや、もともとは専業主婦層を対象にしていたこともあって、清潔感や爽やかさが求められている。そのため猥雑な描写は控えられる傾向があるように感じる。が、ごくたまに猥雑さに果敢に挑むこともあるのだ。たとえば、『梅ちゃん先生』では、なぜか繰り返し梅子(堀北真希)がトイレに行きたくなる描写を入れていた。筆者が記憶しているのは3回。なかでも、戦時中、地方に買い出しに行く列車のなかで梅子がトイレに行きたくなり、兄(小出恵介)を閉口させるというエピソードは今回の『ブギウギ』に近いだろう。
『ブギウギ』の場合は、空襲警報が解除されホッとしてまたトイレに行ってすっきりしたところで、恋愛モードに突入するところまで描き、吊り橋現象的なところも感じさせる。かように恋愛とは実際のところ、きれいなだけではなく、人間の生理に基づいているところもたぶんにあると思う。
排泄してキスしてすっきりしたスズ子は空腹を覚える。どんなときでもお腹は空く。そして食べたら、トイレに行きたくなる。“生”とはその循環である。現実世界では、人はこのような猥雑なものにまみれて生きている。その一方で、エンタメのショーは、美しく、トイレなんていかないような人たちが着飾って、歌って踊って、ひとときの夢を見せるのだ。
『ブギウギ』が猥雑なことを描くのは、エンタメショーの夢のような美しさとの落差を狙っているのではないだろうか。できるだけ、現実はしょうもなく、みみっちく、さみしく、下品と注意されてしまうようなことも描く。五木は、未亡人との愛に溺れ、小夜は足袋や下履きにお金をしまう。茨田りつ子(菊地凛子)はお金を稼ぐためにヌードモデルをやる。
苦労知らずで、生真面目に見えるぼんぼんの愛助は、子供のときに、父代わりの山下達夫(近藤芳正)とこっそりカフェに行って怒られたりしている。とりわけ印象的だったのは、五木が逃げたことを「飛ぶ」と表現したことである。世間知らずな箱入り息子的な愛助が、逃げるの隠語である「飛ぶ」を、さらりと使うことはトイレ描写よりも印象的だった。やはり彼は興行の世界に生きている人なのだと思った。幼い頃からこういう言葉が自然に飛び交う世界に生きてきたのだ。『ブギウギ』の言葉や描写には、これまでの朝ドラにはない猥雑さが満ちていることは興味深い。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『ブギウギ』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:趣里、水上恒司、草彅剛、蒼井優、菊地凛子、水川あさみ、柳葉敏郎ほか
脚本:足立紳、櫻井剛
制作統括:福岡利武、櫻井壮一
プロデューサー:橋爪國臣
演出:福井充広、鈴木航、二見大輔、泉並敬眞、盆子原誠ほか
写真提供=NHK