『silent』放送から1年、TVerがドラマ界を席巻 個人視聴スタイルの定着を裏付ける急成長
長年にわたり、ドラマの評価基準として君臨してきた「視聴率」。それも「世帯視聴率」が重要視されていた時代から「個人視聴率」中心にシフトして久しいが、近年はそうした視聴率以上に注目されてきているのが「TVer再生数」だ。
もちろん7月期にリアルタイムでお祭り的な盛り上がりを生んだ『VIVANT』(TBS系)のような稀有な例もある。また、テレビ業界的には、配信再生数よりも個人視聴率の方が収益に直結するという指摘もある。
しかし、今はTVerをいかにうまく活用できるかが、ドラマヒットの重要な要素になっていることは否めない。松下洸平主演のTVerオリジナル番組『潜入捜査官 松下洸平』のような遊び心たっぷりの作品も制作され、今後の広がりを期待させる状況だ。
では、近年見られるTVerの存在感、重要性とは?
『silent』は“古くて新しい”作品だった 2022年の話題作を軸に近年のドラマシーンを総括
第41回向田邦子賞や第31回橋田賞が続々と発表され、2022年度放送のドラマの総決算がされている。今回、リアルサウンド映画部にて…
TVerの存在感を一般に強く印象付けたのが、2022年秋放送の川口春奈主演ドラマ『silent』(フジテレビ系)だろう。
見逃し配信再生数(TVer、FOD、GYAO!の合計値)は第1話531万回、第2話567万回、第3話564万回、第4話688万回と、“歴代最高”を記録。Twitter(現X)では初回放送から5週連続となる国内トレンド1位、第5週は世界トレンド1位となったほか、関連ワードは毎週Twitter(現X)上位をほぼ独占する状況になった。
この指標による記録が日々ニュースとしてあがり、「語りたい」ドラマだったことからSNSでのつぶやきが増え、加えて制作陣が様々なメディアの取材を受けまくったこともあり、もともと関心がなかった層も「流行っている」ことから後乗りしていった。
作品の出来の良さに加え、戦略的に大成功した要因が、配信再生回数を大きく謳ったことだったろう。
一方、2023年4~6月期のTVer総合番組再生数ランキングを見ると、1位から順に『あなたがしてくれなくても』(フジテレビ系)、『王様に捧ぐ薬指』(TBS系)、『風間公親-教場0-』(フジテレビ系)、『夫婦が壊れるとき』(日本テレビ系)、『ラストマン-全盲の捜査官-』(TBS系)が並ぶ。
山田涼介や木村拓哉、福山雅治、大泉洋など、固定客を持つタレントの出演する作品が目立つ中、『あなたがしてくれなくても』『夫婦が壊れるとき』のようにセックスレスや不倫など、家族で観るのが気まずいテーマを、自分の好きな時間に配信で一人楽しむ人が多かっただろうことがうかがえる。これはTVerをはじめとした配信ドラマの一つの特徴で、漫画アプリで閲覧数上位に性や不倫ネタなどが来ることと共通しているだろう。
さらにさかのぼって、2023年1~3月期の再生回数上位を見ると、1位から順に『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)、『100万回 言えばよかった』(TBS系)、『星降る夜に』(テレビ朝日系)と、作品としてのクオリティの高い作品が軒並み上位を独占していた。
いずれもバカリズム、安達奈緒子、大石静と、ベテラン+旬の人気脚本家たちによる緻密に構成された作品ばかりで、支持していた層の中心もおそらくいわゆる“ドラマ好き”の人々だ。
『ブラッシュアップライフ』最大の“カタルシス”はプリクラ合わせ ドラマ史に刻まれた品格
毎週日曜の夜に、笑いと“ホロリ”と爽快な“カタルシス”をもたらしてくれた『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)が3月12日に…
そんな中、際立っていたのは、『ブラッシュアップライフ』が通常テレビドラマを観ない若年層を巻き込んでヒットしていったこと。
次世代メディア研究所代表/メディアアナリストの鈴木祐司氏のYahoo!ニュース個人オーサー(現在はYahoo!ニュースエキスパートに改名)の記事(3月5日)によると、『ブラッシュアップライフ』はT層(男女13~19歳)、1層(男女20~34歳)、M2(男性35~49歳)で首位となった一方、4層(男女65歳以上)で最下位、3層(男女50~64歳)でもぱっとしないという調査結果が見られたそうだ。(※該当記事は現在閲覧不可)
そんな中、興味深かったのは、途中からSNSで『まどマギ』という言葉が目立ち始めたこと。
『まどマギ』とは、漫画、小説、ゲーム化、劇場映画化などもされた、Magica Quartet原作、虚淵玄脚本、新房昭之監督の人気アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年1月~4月)のこと。願いをかなえた代償として「魔法少女」になり、人類の敵と戦うことになった少女たちに降りかかる過酷な運命を、優れた魔法少女になれる可能性を持ちつつ傍観者として関わることになった中学生・鹿目まどかを中心に描く作品だ。
「来世で人間に生まれ変われるように」徳を積むため、微笑ましくもちょっとスリリングでバカバカしい日常の努力の積み重ねとトライアンドエラーを見守ってきた視聴者たちが、第7~8話に発覚した衝撃の急展開にざわつき、そこから『まどマギ』を想起し、ドラマを観たことがなかったアニメ好きの若年層や男性層などもTVerで追いかけ始めたのだ。
そして、実はこうした思いがけない「仕掛け」に挑めるのが、TVerの持つ大きな意義だとも思える。