空虚なインフルエンサーの揺らぐ存在意義 『#ミトヤマネ』は“仮面社会”に警鐘を鳴らす

“仮面社会”に警鐘を鳴らす『#ミトヤマネ』

 では、ミト本人は、アイコン化したミトヤマネについてどう思っていたのだろう。

 ミホが真面目な話をしている最中にも、撮影をやめないミト。怒りをあらわにするミホをよそに、ミトは「この騒ぎが収まり、私たちがやり直すときには、いつかこの素材が必要になると思うけれど」と淡々と言葉を紡ぐ。こうしたやりとりからも、ミトは自身だけが「ミトヤマネ」であるという認識にとどまらず、他者と共に作り上げた“ミトヤマネ”を客観的に見ていたのではないかと思われる。

 そう考えると、この物語は単純な1人のインフルエンサーの転落を描いたものではなく、ミトが手掛けた“ミトヤマネ”が、いまや彼女の一個人に帰属するものではなくなっているという核心が浮かび上がる。この時代において、自分を仮面で覆い隠す行為は、個人にとっての普通でもある。ミトとその周囲が彼女のアイコンとして作り出した“ミトヤマネ”は、インフルエンサーとしての人気を築き上げたが、果たして仮面を持っているのはインフルエンサーだけだと誰が言い切れるのだろうか。

#ミトヤマネ

※以降、物語の結末の内容に触れています

 最後に物語は衝撃の結末を迎える。「真相を伝えます」というタイトルが掲げられたサムネイルが登場するが、その中に映し出されるのは、ミトではなくミホの顔だった。ここで浮かび上がるのは、もはやミトが“ミトヤマネ”であるかどうかにかかわらず、そのアイコンがファンたちによって取り巻かれ、支配されている様子だ。防犯カメラのデータの喪失を確かめ、ミトは最終的な「犯行声明」を発表する。

 初めの方で描かれたミトの活躍を見ると、彼女は少なくとも犯罪の意図を持っていたわけではないことが分かる。ミト自身ですら、“ミトヤマネ”によって引き寄せられ、その影響下に置かれていた。それでもなおミトは、自身のアイデンティティを再考し、“インフルエンサー”としてのミトだからこその存在意義を求めていた可能性がある。「卵が先か、ニワトリが先か」ならず、「仮面が先か、本人が先か」が問われているのだ。

#ミトヤマネ

 インフルエンサーに限らず、誰にでもその場で守りたい顔やキャラクターがあるはずだ。特にデジタルネイティブのZ世代の若者にとっては、SNSのない世界を想像する方が難しいかもしれない。プライベートと仕事での顔を分けることはもちろん、SNSのアカウントを複数持つことですら、今や当たり前の光景となっている。これ自体は悪いことではないが、行き過ぎれば作り上げたイメージに振り回されることは避けられない。その結果、本来の自己を見失ってしまうリスクもあるだろう。

 映画『#ミトヤマネ』は我々に向けた警告でもある。監督の遊び心か、途中でとある絵本の表紙が映り込むカットがあるが、本に刻まれたタイトルは『かめんやさん』だった。この意味をどう捉えるべきなのか、“カリスマインフルエンサー”のミトヤマネの顛末を知る観客ならわかるのではないだろうか。

■公開情報
『#ミトヤマネ』
8月25日(金)公開
監督・脚本:宮崎大祐
出演:玉城ティナ、湯川ひな、稲葉友、安達祐実、筒井真理子
配給:エレファントハウス
©︎2023 映画「#ミトヤマネ」製作委員会
公式サイト:https://mitoyamane.movie
公式X(旧Twitter):https://twitter.com/mitoyamane
公式Instagram:https://www.instagram.com/mitoyamane/

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